第10話 来訪者②

 拓人たちは道具屋の主人から替えの下着とゴスロリチックな服と靴、そしてロープを受け取った。


 拓人が店の奥で服を試着したり、こっそりアンに下着を返したりしている間、ギフトは周囲の人間に必死に弁解していたが、信頼を完全に取り戻せたとは言えない。


 静かにはなったものの、みんな彼に対し軽蔑の混じった視線を投げかけている。


「用事は済んだか? じゃあ付いてきな」


 人々の冷たい視線にさらされ哀愁あいしゅう漂う男の背中を追い、レジーを背負ったアンと拓人は歩き出す。


「殺気は消えましたが、依然いぜんとして隙はありません。あるじどの、警戒を」


「お、おう……」


 言われるまでもなく拓人の神経は張り詰めていた。


 この世界に訪れてから二度。一日どころか数時間さえ経たないうちに二度も死線が訪れた。一度目はアンたちに助けられ、二度目は街の人々に助けられた。次もこのような幸運が、果たしてあるだろうか。


「どうしたんだい? この騒ぎは」


 涼しい顔をした少年が店を出るギフトに声をかけた。青い髪と白衣のような衣装が目を引く。


「別に、なんでも……」


「この馬鹿野郎が、とちったんです」


 ギフトの代わりに劇薬のような悪口を吐く女性、ルナが答えた。声と肌の感じは十代を思わせるが、背丈はギフトといい勝負である。メイドのような服装をしていて、こちらは涼しいというよりも、ひどく冷めた目をしている。


「なんだ、いつものことか」


「あれれー? ナメた口きいちゃっていいのかなぁ? オレ様ってば、こん中じゃ圧倒的に偉いし強いはずなんだがなぁ?」


「職業上の立場でマウント取ってる時点で、人間としての底は知れてますけどね」


自惚うぬぼれはよくないね、ギフト・サンフレア。強さなんて、状況や相手によっていくらでも変わる指標だ。油断してると、足元すくわれるよ?」


 辛辣しんらつな意見は信頼の証か、ただの悪口か。どちらにしろ昨日今日の付き合いではないことは、うかがい知れる。会話の内容から何らかの組織のチームだろうか、と拓人は勘繰かんぐった。


 ギフトを先頭に、アン、拓人、ルナ、少年がほとんど固まって歩く。ギフトほどではないが、ルナと少年も相当な実力であること、闘争も逃走も許されないことを、アンは感じ取っていた。


 しばらく行くと、一同は草を刈り込んだ人気ひとけのない広場に出た。


「こないだ泉の広場が出来てから、ここはあんまり使われてないらしい。ナイショ話をするには、うってつけの場所ってわけ」


 そう言ってギフトは土埃つちぼこりを払ってから、広場のベンチの一つに腰を落ち着けた。ルナと少年は、その両端近くでそれぞれ立ち止まる。


「話……とは何でしょうか」


 アンの口調は下手したてに出たものだったが、警戒の色は未だ解けていない。


「そうおカタくなりなさんな。アンタらの疑いは今ンとこ50パーセントぐらい晴れてる」


「それは、どういうことですかの?」


 冷や汗を垂らしながら、拓人はおそるおそる尋ねた。


「オレ様は最初、アンタらのことを大量殺人目的のテロリストだと思った」


「「は?」」


 突拍子とっぴょうしも無い発言に拓人とアンの声が重なった。


「そもそもおかしいのは、アンタらが垂れ流してる魔力量だ。強盗目的としても大げさ過ぎるレベル……ならテロしかねえ。だが、人が集まってオレ様も動揺してる中、何もしないアンタらを見てそれも違うと思ったのさ」


「えっ、この世界では魔力の放出量に制限があるのですか?」


「アン、そういえば今まで聞き流しとったが、そもそも魔力って何じゃ? いや、だいたいフワッとしたイメージは生前の芸術鑑賞で養われとるんじゃが……」


 要はラノベや漫画を読んだり、アニメを見たりということなのだが、ちょっぴり見栄を張りたかった拓人は『芸術鑑賞』というお上品な言葉を使った。


「そうですね、わかりやすく言うと……」


「ま、待て待て待て! ちょっと待てよ、そこからなのか?」


 ギフトは、頭を抱えて目の前の現実を理解すべきか計りかねていた。


「……なあルナ、ビット。信じられん話だが、オレ様はコイツらが嘘を吐いてるように思えないんだが……お前らはどう思う?」


「不本意ですが、馬鹿野郎あなたと同意見です、ギフト。ワタシも素人ではありませんので、嘘を吐いてやがるか、やがらないかは表情を見れば大方見当がつきます」


「ぼくも嘘吐いてないほうに一票。まだ証拠が欲しいなら、ぼくの【軍蚊静勝インペリアル・モスキート】で自白作用のある毒を打ち込んで……」


「オレ様が、ことを穏便おんびんに済ませようとしてる時に過激思想ぶち込むのやめてくれない?」


 いくらか穏やかでない言葉が聞こえたが、話し合いで解決できそうな雰囲気が拓人たちを少し安心させた。


「──シンプルに聞くぞ、アンタら何者?」

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