第9話 来訪者①

 アンは震えていた。


 絶望的な状況に怒りさえいてこない。目の前には自分のあるじに銃口を向けた男。狭い店内。レジーは寝ている。男にすきはない。


 ──攻撃すれば三人とも殺される。あるじどのを逃がそうとしても殺される。


 アンは以前の自分と今の自分の実力が大きく乖離かいりしていることに、この時初めて気付いた。


 自分は、弱くなっている。それでなければ、本来なら格下であるはずの相手に心の底から恐怖することはないのだから。


「質問に、答えろ。アンタらは……」


 拓人に銃を向ける男が何か言いかけた……その時だった。


「おいっ、ギフト! こりゃあどういうことだ!」


 拓人たちの後ろで店主の声がした。ギフトと言うのは、銃を持つ男の名だろうか。


「こんな幼い娘たちに銃を向けるなんざ、イかれてるぜテメェ!」


「黙ってろ! オレ様はアンタらと、この店のことを想って……」


「きゃあああああ! 人殺しィー!」


 店の奥から女性が顔を出し、叫んだ。


「て、店長の奥さんまで……誤解だ!」


 店主と彼女の声を聞いて集まったのだろう、店先にはすでに数人の野次馬がいた。


「おいギフト、お前とうとう……」


「肉屋のおっさんまで! とうとうとは何だ、とうとうとは!」


「こんな幼女の衣服をひん剥いて……ついに本性を現しやがりましたね。猟奇趣味りょうきしゅみ変態へんたいクソ野郎」


「コイツは最初ハナっから下着姿だったんだよ! つーか、ルナてめぇ! どさくさに紛れて上司を罵倒してんじゃねぇ!」


「聞く耳持ちません、クソ野郎」


 周囲の人々はギフトに対し、非難轟々ひなんごうごうあらし。帰れ、帰れの大合唱。彼の身内らしきルナという女性さえもが、それに参加している様子は見るに忍びなかった。


 緊張感よりも憐憫れんびんの情が上回った拓人とアンは、動くなという命令も忘れて思わず顔を見合わせる。


「……場所、変えようぜ」


 そう言ったギフトの目には涙が光っていた。

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