第8話 ボンヘイ国へようこそ!②

「ほぉー、なかなか栄えとる街だのぉー」


 周囲の様子を見回し、拓人は現在の幼女姿に似合わぬ年寄り臭い口調で感嘆の声を挙げた。


 活気ある街だ。人通りは多く、商店では店員たちが大声で呼びかけながら、歩く者たちの購買意欲を喚起かんきしている。


 果物、肉などの食料品はもちろん、武器、防具、ポーションのようなものを売っている店舗もあった。路上で魔術らしきものを使っている大道芸人のような者もある。


「すごいのう、すごいのう」


 ぴょこぴょこ跳ねながら辺りを見回す拓人に、アンは慌てて声をかけた。


「あ、あるじどの! のんびりしている場合ではありません! 早く衣服とロープを買いに行きませんと」


「おお、そうじゃった」


 あの後、運良くすぐに山を降りることができた拓人一行はボンヘイの街中にいた。幼女が成人男性二人を引きずっていたり、シャボン玉で飛んだりしていては目立つので、いったん盗賊は街の外で斧や弓矢と一緒に置き去りにし、レジーはシャボン玉をすべて消して徒歩で移動している。


 拓人は慎重になっていた。ここは異世界。悪目立ちすれば、どんな不幸が襲ってくるかわかったものではない……悲しいことに拓人の見てくれが下着姿の幼女な時点で十分目立っているのだが。


 アンの言う買い求めるものについて、衣服はもちろん現在下着姿の拓人が着るためのもの。ロープは盗賊を木にしばり付けるためのもの。後で『誰かに』退治された盗賊を『無関係の』幼女が発見するという芝居を打ち、警察機関にでも連れていってもらう算段である。


「疲れた……ちょっと休ませて……」


 ボンヘイに入って十分もしないうちにレジーは、げんなりした表情を見せていた。


「まだどれだけも歩いていませんよ」


「だってボク、荷物持ってるし」


 レジーが言っているのは、何か使う場面があるかもしれない、ということでアンが彼女に持たせた毒付きの短剣のことだろう。


 盗賊から奪い取った六本のうちの二本をさやに収めて、青いショートパンツの左右のポケットに一本ずつ入れている。だが『荷物』と言っていいほどの重量では決してない。


「まったく……いつもシャボン玉使ってラクしてるから、そうなるんです」


「アン、おんぶ」


「はぁ……仕方ありませんね」


 アンはレジーのそばまで寄り、背中を向けてしゃがんだ。


「ん、サンキュ」


 背中に身を預けたレジーは両腕をアンの首に絡ませ、立ちがったアンは彼女の伸ばした脚を両脇に抱える。


「なぁにが、サンキュですか。ムカつきますね」


「二人は本当に仲がいいんじゃのう」


「そうですね。他のメンバーと比べてもレジーと一緒の時間が一番……ちょ、ちょっとレジー! なんか鼻息荒くありませんか⁉︎ うなじにそよそよ当たってるんですけど!」


「すーはー……いーじゃん、いい匂いだし」


「だ、ダメです! この世界に来てから汗かいてるし、まだお風呂入ってないんですから!」


「ちょっとくらい臭うのもまた良き」


「投げ飛ばしますよ、この変態!」


 拓人は二人の様子を静かに見守りながら歩みを進める。孫を見る祖父母の心持ちとは、こういった具合なのかもしれんな、と微笑ましい気分だった。





「いらっしゃい……ってどうしたんだい? おじょうちゃんたち」


 道具屋の主人は、店に入ってきた拓人たちを見て怪訝けげんな反応を見せた。無理もない。一人は下着姿で裸足、もう一人は同い年ぐらいの幼女をおんぶしているのだ。一見して尋常じんじょうな事態だとは思えないだろう。


「あのね、このね、広場の噴水で転んじゃったの」


 アンは平時の凛々りりしさを完全に捨てた年相応の可愛らしい声色で、拓人のほうを指差しながら言った。


 そういうことにしよう、というのはアン自身のアイデアである。実際、広場に噴水があることは店に向かうまでの道中で確認している。


「おかーさんのおつかいのとちゅうだったの。ここからおうちまで、とおくて、こんなかっこうじゃ、かえれなくて……うええ」


 道具屋に入る前にアンと少し打ち合わせしただけにもかかわらず、拓人の芝居は気持ち悪いぐらい堂に入っていた。


 彼は本人がかたくなに認めないだけで、真性のロリコンである。前世の趣味により様々な媒体ばいたいで二次元幼女を目にしていた彼は、自分でも知らぬうちに幼女としての作法を身につけていたのだ。


「ああ、それは困ったねえ」


「おかねならあります。ふくはやすいのでいいです。あと、ロープもください。おかーさんにたのまれたの」


 拓人の言葉に合わせてアンが金貨を差し出した。


 それが盗賊から奪った汚い金であることを知らない店主は「わかった。すぐに用意する」と真剣な表情で相槌あいづちを打ち、彼自身が品物を見繕みつくろうために店の奥に消えていった。


「すー……すー……」


「レジーは眠っとるのか」


「ええ、本当に勝手な娘で困ります」


 そう言いながらも、アンの顔は思わずこぼれたような微笑みを見せる。


「精霊にも睡眠は要るんだのう」


「ええ、精霊とは言っても疲労は溜まりますからね。まあレジーは怠惰たいだなだけ……」


 アンが言葉を続ける前に、道具屋の扉が開いた。


 新しい客が来たのだろう。コツコツという靴音が店内に入ってくる。


「邪魔するぜ、店長。いやぁ、アンタともすっかり顔馴染みに……っ!」


 その声は男のものだった。何かに驚いたような彼のリアクションに、拓人たちは思わず入り口のほうを見る。


 テンガロンハット風の帽子に、無精髭ぶしょうひげ、顔から下を薄衣うすぎぬのマントで包んだその姿は、さながらカウボーイだった。そんなちの男が拓人たちをにらみつけるように見下ろしている。


 初老の男だ、拓人は顔に刻まれたシワの具合からそう判断した。


「んー……オレ様も、たるんでるね。魔力感知がいくらヘタクソだからって、コレに気付かんのは流石にナシだ」


 男はマントから素早く右腕を出す。彼の手の平に光の渦が一瞬現れ、瞬く間に銃の形を成した。銃口は……拓人に向けられた。


「ヘタに動くなよ。アンタら相当強いだろ。流石のオレ様でも手加減できんからよ、頼むから動かないでくれ」


「なっ……」


 唐突な出来事に拓人の思考は一瞬停止し、すぐに目まぐるしく動く。


 ──この男は誰だ。銃。強いのか? 戦う? 逃げる? どうやって? アン、アンは。


 ゆっくり、ゆっくりとアンのほうに視線を向ける。アイコンタクトと間違われないように。目の動きは最小限に。


 アンは──震えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る