第7話 ボンヘイ国へようこそ!①

 拓人たち一行は人里を探し、森の探索を続けていた。


 どういう生活をするにしろ、ひとまずどこかしらの拠点きょてんを持たねばならない。幼女三人で野宿をするわけにもいかないだろう。


 アンは例の斧を片手に、立ちはだかる木々を虫でも払いのけるかのように軽々と伐採ばっさいしつつ先頭を歩く。もう片方の手では毒に侵された盗賊二人の上着のえりを掴み、後ろ手に引きずっていた。


 レジーはぷかぷかとシャボン玉に乗りながら、緩やかなスピードで物資とともに移動する。盗賊もシャボン玉で運べばいいのではないか、と拓人が提案したが、大きさ、そして重量がかなりあるため、難しいらしい。


 アンとレジーの間を歩く現・金髪美幼女ながら元79歳男性である連堂 拓人容疑者は、紆余曲折うよきょくせつあり人としての尊厳をかなぐり捨て、アンの下着を赤面しながら身につけている。人肌に温もった下着の生々しさに少し慣れてきたころ、彼はアンに質問を投げかけた。


「申し訳ないが、ちょっと聞いてもいいかの?」


「いかがされましたか? あるじどの」


「言いにくいことなら、言わなくとも良いんじゃが……」


「なにをおっしゃいますか。このアン・フューリー、あるじどのに隠し立てすることなど一切ございません」


「う、うむ。では、聞こう」


 拓人は慎重な確認を重ねた末、思い切ってその問いを発した。


「お前さんたち、なんか少なくない?」


「……」


「……」


「……」


 時間が止まったかのような気まずい沈黙が三人を包む。


 神からもらったスキル名は【七人の女神セブンミューズ】。そう、七人なのだ。しかし、拓人の前に姿を現しているのは、たったの二人である。


「本当に言いにくいことなら構わんが……」


「……それが、私たちにも良く分からないのです」


 アンの声はひどく落ち込んでいた。


「私たちは以前……いいえ、ついさっきまで神様が創られた七人だけの世界で暮らしていました。今思えば、ともに戦う者どうしのきずなを深める意図があったのだと思います。私もレジーもそこで何気ない日々を過ごしていたのですが……」


「突然、気を失った」


 レジーが合いの手を入れた。


「そして目が覚めると、この世界にいたのです。神さまのお取り計らいでしょうか、目の前で盗賊に襲われているかたこそ我があるじだと直感があったので、お助けした次第です」


 アンの話が本当なら、精霊たちもあまり事情をわかっていないようだ。


 もしかすれば、神にも予想外の何かがあったのだろうか、拓人はそう推理を働かせるが、現状ではいかんとも判断し難い。


 なぜ【七人の女神】以外のスキルが発動しなかったのか。


 その【七人の女神】も、なぜ十全な状態で発動しなかったのか。


 神の目的はなんなのか。


 拓人が思考を先に進めるには、材料が明らかに足りない。


「──エレンがいればいいのに」


「エレン?」


 レジーの何気ないつぶやきを、拓人は聞き逃さなかった。


「エレガンス・ホーティネス。分析魔術を得意とする精霊です。それに頼らなくとも【七人ミューズ】の中では一番頭のキレる天才でした」


 アンの補足に拓人は「ううむ」とうなる。その精霊なら、わけのわからない現状を打破してくれるかもしれない。


 だが、肝心の行方が分からない。神のことにしろ、その精霊のことにしろ今は考えたところで仕方ないことなのだろう──拓人はそう結論づけた。


「おっと、この先は崖ですね。別の道を探さないと……おや?」


「どうかしたかの?」


「ここから、街が見えますね」


「どれどれ」


 拓人はアンのそばまで寄り、崖からの景色をのぞき見る。


 確かに、前方に街らしきものが見える。草原の一部分を四角形に切り取り、そこにはめ込まれたかのような敷地。中心部にある宮殿らしき建造物が特に目を引いた。


 拓人たちは、まだ知らない。


 そこは──ボンヘイ。


 これから一行が、決して浅からぬ因縁いんねんを持つことになる国の名である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る