第4話 老人と【七人の……】②

 ガサガサっ!


「ひいっ!」


 前世で恥の多い生涯を送ってきた拓人は、反射的に物音のしたほうに土下座した。


 冷静に考えれば謝ることなど無いのだが、言い知れぬ罪悪感が彼を無意識のうちに謝罪させたのだ。


「ごめんなさい。許してくだされ。もうしません!」


「あん? なんだこのガキ?」


「いきなり謝り出して、頭おかしいんじゃねえのか?」


「ふえ?」


 情けない声を出しながら、拓人はおそるおそるおもてを上げる。見ると、薄着で筋肉質な男2人がこちらを見下ろしていた。


「まだまだよぅ、ちいせえちいせえガキじゃねえか」


「ま、俺たちの仕事じゃ老いも若きも関係ねえ。人間なんざ身ぐるみいで売っちまえば、それなりに金を産む」


 拓人は、少しずつこの男たちの素性すじょうを理解し始めた。盗賊か、それに似た何かだ。それも世紀末救世主伝説に出てきそうなぐらいにタチの悪い。


「ふむ、なるほど、なるほど」


 一見いっけん、危機的状況にも見える。しかし、拓人は動じない。先ほどの行為を見られていないと知り、むしろ安心したぐらいだ。


「そこのおふたりさん」


 不敵ふてきな態度で、拓人は二人の男を上目遣うわめづかいに見る。


「「あん?」」


「ちょいと──ワシを殺してみてくれんかの?」


「はぁ? 本当に頭がおかしいのか?」


 本当に頭がおかしくなった……のではない。拓人は試してみたくなったのだ。神からもらったスキルが、どれほどのものなのか。


「盗賊なら武器くらい持っとるじゃろ? ほれほれぇ」


「や、やべえよ、アニキ。こいつマジでイかれてるぜ」


「問題ねえ。イかれてんなら、そういうのが好きなヤツに売ればいい」


「ン、まあ、それもそうだ。そんじゃ、お言葉に甘えて!」


 弟分らしき男が、太ももに巻いたベルトから短剣を引き抜き、拓人に襲いかかる。


 まずは、絶対防御の検証からだ。スキルがどのように発動するのか、と高をくくりながら拓人は成り行きに身を任せる。


 そして……当然のように斬りつけられた。


「おぎゃー! 普通に痛い!」


 悲痛な叫びを上げる拓人に対し、弟分らしき男は冷えた声で言った。


「ただし、殺してくれって頼みは聞けねえ。生きていて、かつ傷は少ないほうが顧客こきゃくは喜ぶんでね。かわりに、殺されたほうがマシって思いを残った人生で味わいな」


 攻撃されたのは右腕、つけられたのはただのかすり傷だ。なのに……。


「なんじゃ、この気分の悪さは……」


 目眩めまいがする。力が入らない。


 ふと下腹部に違和感がして、目を落とす。白いワンピースがいつの間にかれている。どうやら失禁しっきんしたらしい。


「お、おいおい……転生してからも尿漏にょうもれパッドが必要だとは聞いと……らん……」


 拓人はひざから崩れ落ちた。意識はあるが、体が動かない。


「筋肉を少しばかり緩ませる毒だ。お子様にゃ、ちょっぴり強烈キョーレツだったようだが、死にはしねえよ」


「ど……く……?」


 自分には毒耐性があったはずだ、と拓人は訳が分からなくなる。そもそも、なぜ絶対防御は発動しなかった?


 いまさらながらに、神に対する疑念がよぎる。


 ──まさか、だまされたのか? 能力を与えるというのは嘘だったのか?


 拓人は必死になって考える。だが、原因がただ単にドジった神の計算ミスにあることは、文字通り神のみぞ知るところである。


「なあ、アニキ。こいつどうするよ?」


「とりあえず、アイスキャロルの旦那だんなと掛け合ってみるか。高く買ってくれそうなヤツから交渉だ」


 拓人は衣服を脱がされ、くせえ、と難癖なんくせつけられながら泉で体を洗われた。ふいに浮遊感を感じ、どちらかの男にかつがれたことを理解する。


 ──ワシ、ヤバくね?


 拓人のあせりは最高潮に達しようとしていた。


 ──こういう下衆げすやからが言う『殺されたほうがマシ』な思いというと……イカン! その先は、ジジイにゃ刺激が強すぎる!


「あ……あ……」


 ああ、なぜさっきイキってしまったのだろう。今さらながらに後悔しても、遅い。これが他人からもらった能力を盾に、傲慢ごうまんな態度を取った罰か。


 おろか、無様ぶざま、情けない、阿呆あほ、馬鹿、間抜け、老害という言葉は自分にこそふさわしい──拓人は軽率けいそつすぎる自らの行いを心中で激しく罵倒ばとうした。


 もし、表情筋が動くなら引きつるように笑っていただろう、とめどなく泣いていただろう。


 荒みきった心を傷つけられるだけ、傷つけて……彼の精神世界に浮かび上がってきたのは、1つの死体だった。


 それは、異世界転生に純粋にあこがれていたころの自分。


 ──そうか、こいつはワシが殺したんだ。ああ、ワシ──いや、あのころは『オレ』だった。


 ──ああ、オレもこんな風に旅をしてみたい。人々を助け、世界を救う。かけがえのない仲間とともに心躍る旅を。


「せ……」


 しぼるように呟く。名残惜なごりおしく、未練みれんがましく。


 かけがえのない仲間に……者達の名を。


「ぶ……」


 その名は……。


「ん……」


 【七人のセブン……】


「腹が、立ちますね」


 聞き覚えのない少女──と呼ぶにも幼い声がした。

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