第1章 老人と【七人の……】

第3話 老人と【七人の……】①

 ほおでる優しい熱……これは、陽射ひざしの暖かさだ。まどろみのなか、柔らかな風に鼻をくすぐられ、ひとつ、くしゃみをした。

 

 まだ眠気の残る目をこすりつつ、新生・連堂 拓人は覚醒かくせいした。まぶたがゆっくり開くのと同時に意識も明瞭になってくる。


「ワシは、来たんじゃな……異世界に」


 辺りを見回すと、森の中にいることがわかった。周囲に立ち並ぶ木々は生前の世界で見慣れたものとそう大差なく見えたが、異世界のものだと思うと拓人は何だか新鮮な感動を覚えた。


 神の世界で渦に飛び込んだ後、そういえば転生モノには母親の胎内から生まれ直したり、戦地にいきなり召喚されたりするパターンがあったな、と思い出し、少々不安になっていたが取り越し苦労だったようだ。


「よっこらせっ……と。おお!」


 拓人は立ち上がると同時に感嘆かんたんの声を上げた。前世での曲がったそれとは違う、痛まない足腰のなんと素晴らしいことか!


「ほっ、ほっ、ほっ」


 調子に乗って連続でジャンプをしてみる。若さを取り戻した肉体は、びくともしない。


「ほほほほっ! ほほほほほほほ……あいたっ……」


 調子に乗りすぎた。くじいた足をさすりながら拓人は自戒じかいする。


「それは、それとしてじゃ──」


 周りの植物と自分の手足を見比べて、考える。


「──ワシ、なんか小さくね?」


 立ってから自分の目線が低いことに気がついた。異世界らしく周りの植物が異様に大きいという可能性も考えたが、そもそも自分の手足が小さく短い。かといって、肉付きが悪いわけではない。それに、声も心なしか高いように思える。


「すっかり、神の世界で見た高校生ぐらいの姿で転生できると思っておったが……」


 あまりにも若すぎる。背丈せたけは小学校低学年か、下手をすれば幼稚園児ぐらいだろう。


 一体自分の見てくれはどうなっているのか、そう思うと拓人は何だか怖くなってきた。


「ど、どこか、自分の姿を写すものは……」


 再び辺りを見ると、前方に光る空間があることに気がつき、すぐさま駆け寄る。


 その正体は陽の光を反射してきらめく泉だった。


 ちょうど良い。拓人は身を乗り出すようにして水鏡みずかがみのぞき込む。


 写っていたのは──あの神にも負けず劣らずの美少女、いや美幼女だった。


 少しつり目だが、きつい印象はない。鼻は高く、耳が少しばかりとがっている。長い髪は先ほど横たわっていたためか、少し乱れていた。だが金色につやめく様子から髪質の良さが見て取れる。白いワンピース風の着衣が清楚な印象を与えた。


「は? うそじゃろ」


 現実を直視できない拓人は、生まれて初めて鏡を見た犬のように体を右に左に動かす。


 水面の幼女も同じ動きをする。


 拓人も笑う。


 幼女も笑う。


 白目をいてみる。そもそも水面が見れないことに気づき、やめた。


 即興の創作ダンスをしてみる。幼女は見事に拓人の動きに対応した。


「と、いうことは……」


 衣服越しに自分の股ぐらを握ってみる。



 ない。



「……おかしいと思ったんじゃよな〜。縮んどるだけかとも思ったが、まさか……の」


 異世界に転生するからには、美少女にチヤホヤされることも、少しぐらいは期待しないでも無かったが、自分が美少女もとい美幼女になるとは予想だにしていない。


 言いようのない寂寥感せきりょうかんが拓人を包む。まさか異世界に来て最初に告げる別れが、自分の体の一部になるとは思ってもみなかった。


「いや、性別が変わっとる時点で体は全とっかえなんじゃろうけれども……けれども……」


 さらば……。目を閉じて、静かに別れを告げた。


「──それはそれとして新しいワシ、結構カワイクない?」


 その言葉は強がりではない。先ほどの喪失感そうしつかんを吹き飛ばすほどに、今の拓人の容姿は神がかっていた。


 生前は間違っても取らなかったであろう、ぶりっ子のようなポーズやアイドルのようなポーズしてみる。うん、抜群バツグンに可愛い。


「うーん、ワシは別にロリコンじゃないんじゃが……」


 拓人は前後を向き、左右を向き、視界の端から端まで目配せして人の気配がないことを確認し、改めて水面に映る自分に向き合った。


 そして、少し屈みながらワンピースの端をつまみ上げ、ゆっくりと上に引き上げる。


 水面の幼女も、もちろん同じようにその脚を少しずつあらわにしていく。


 今まで動いた感触から、下着を着けていないことはわかっていた。


「いや、こうなるって……別にロリコンじゃなくても、こうなるって……」


 言い訳し、息を荒くしながら裾を上げていく。


 羞恥しゅうちと興奮にいろどられた拓人の表情はロリであると同時に正真正銘のロリコンだった。めくれ具合が太ももの中ごろまで差し掛かった──その時である。

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