Intermission1
夏の始まり
♦
私もミカも精一杯頑張って、期末テストも、球技大会も恐らくベストな形で終わる事が出来た。
……とは言っても球技大会のバスケに関しては、私もミカも優勝出来なかった事は今でも口惜しいのだけれど。アヤカたちも試合が終わった直後こそは口惜しがってはいたけれど、翌日にはもうケロッとしていた。
尤もクラスの皆が言うには、球技大会の決勝のラスト、私達2人の心の底からの叫びが響いたとの事なので、結果として、決勝の勝敗はどちらでも良かったみたいでは有るのだけれども。
「わあ、凄い日差しが眩しいね!」
「ね! すっごい日焼けしそう!」
ミカとアヤカ、カナコとシオリに続いて建物から出た私に襲い掛かって来た日差しに、思わず立ち止まって目を細める。
「どうしたの、ユカリ。早く行こうよ!」
振り返った水着姿のミカが、私の手を引っ張る。
「やっ、ちょっと!」
不意に引っ張られて、前のめりにバランスを崩してしまった私。
でも何とか、と、と、と、と足を着いて、何とか転ばずに踏ん張る事が出来た。
私にしては頑張った。……バスケの練習を頑張った事による副次的な効果かな?
「あ、ごめんユカリ! でも、今日は転ばなかったね、凄い!」
振り返ったミカは、笑顔で小さく拍手をしながら、そんな暢気な事を言っている。
……もし今私が今迄通り転んで膝を怪我でもしたら、来た途端帰る案件になっていたのは分かっているのかしら。
まあ、それに関しては私も自分を誉めてあげたい。
目の前に立ち尽くすミカが纏う水着は、セパレートのビキニタイプ。
全体的に程良く筋肉が付いている身体はとても健康的で、男の子の視点なんて分からないけれど、この姿に邪な感情を抱く人なんて居るのだろうか。
❤
照り付ける夏の太陽の暑さと、水の運んで来るヒンヤリとした風が、とっても気持ちが良い。
期末テストと球技大会を多分ベストな形で乗り越えて、漸くクラスの皆と打ち解けられた私は、終業式の翌日、アヤカとカナコとシオリ、それにユカリと云うここの処定番になっている5人で、屋外型の市民プールの熱田プールに来ている。
私とユカリは緑スポーツセンターの、アヤカたち3人は名東スポーツセンターの温水プールの方がそれぞれ近いのだけど、折角の夏の始まりと云う事で屋外型のプールを選んだ。
それに、どっちかの近くに行くって云うと、片方の移動が大変になっちゃうし。
この前バスケの練習の為に牧野が池緑地に行った時に思い知ったけど、自転車で移動するには少し距離が有るし、坂も半端じゃ無かった。
肌が焼けちゃうのはちょっと嫌だけど、夏だし、ここにして良かったと思う。全身で日差しを浴びる幸せ。
確認して無いけど、こう云う処で日焼け止めは塗っちゃダメだろうし、野暮だよね?
私が引っ張った所為でバランスを崩したユカリが何とか踏ん張る迄の間に、先に行ったアヤカたち3人は、日陰の休憩エリアに行って陣取った様だ。
今日私たちがプールに来たのには、理由が有る。
改めて、姿勢を正しながら私を見るユカリの格好を見返す。
学校指定のスクール水着に、ウェストの周りには……。
「ユカリ、今日こそ泳げる様にならないとね」
私にとっては、ユカリが浮き輪を手放せないのは当たり前の事だし、可愛いと思うのだけど……。
「ええ、私が運動音痴なのが何となくバレているとは言え、流石に全く泳げなくて浮き輪に頼っているのは問題だものね」
♦
7月に入って水泳になった体育の授業はなんだかんだで見学にしていたのだけれど、乗り切ったと思っていた終業式の日に、抜き差しならない予定が飛び込んでしまったのだ。
その前々日の土曜日にクラスの
「夏休み中に、またクラスの皆で海とかに行こうよ!」
……そう言ったカエデさんの言葉に皆が頷いてしまったのだ。
勿論、ミカやアヤカたちとクラスの皆の間に有る溝を無くすのが目的で頑張っていたのだから、それは良い傾向では有るのだけれど。
私のクラス内での立ち位置を慮ると、如何ともし難い。
中学迄はそんなに高い位置では無かったから、気楽だったのだけれども。
練習をプールでする事になったのは、海水浴場が知多半島や渥美半島の方にしか無くて、高校生の身ではそんなに何度も行く事が出来ないから。
お話の中で割と気軽に海に行っているのを見ると、少し羨ましかったりもする。
「あはは、まさかユカリが全く泳げないとはね」
「道理で、見学ばかりしていると思ったよ」
「頑張ろうね!」
まあ、アヤカもカナコもシオリもこうして応援してくれているし、私ももう一回頑張らないと。
それに、今年は何だかやれそうな気がするし。バスケットボールだって、何とかなったんだから。
❤
「じゃあ、ユカリ。入って来て!」
先に皆でプールに入ってしまって、プールサイドに座って足を水に付けているユカリに手を伸ばす。
「ちょっと、手からは無理……。今入るから……」
そう言って、手を突いてお尻をずらすユカリ。
「……あ、浮き輪は外してね?」
「……やっぱり?」
「……うん。私たちだけの時は別に良いんだけどさ、今日の目標は、泳げる様になる事でしょ?」
「…………頑張る」
胸の前で握り拳を作ったユカリは、勢い良く浮き輪を外して隣に置いた。
「じゃあ、入るわよ」
「来て」
……ソロソロ……ソロソロ……。
たっぷり時間を使って、ユカリは如何にかプールに浸かった。
「うん、入れたね。じゃあ、練習を始めようか。先ずは私が手を引くから、プカプカ浮いて来てね?」
「う、浮く?!」
「そう、力を抜いて、浮くの」
♦
「私に身を任せて」
ミカはそう言って、私の手を引っ張って進み始めた。
……その表現が良かったのか、さっき迄ガチガチになっていた身体からは変な力が抜けて、思いの外、浮く事が出来た。……私の身体が、こんなに浮くなんて。
それからはプールの端に捕まってのバタ足、息継ぎの仕方なんかを教えてくれた。
ミカが私に付きっ切りの間アヤカたちはどうしているのかと言うと、ヤンヤヤンヤと私の気持ちが上がる様に声を掛けてくれている。
やっぱり良いな、この子たち。
……それから練習する事、小1時間……。
「じゃあユカリ、ここまでバタ足で泳いで来て!」
何メートルかは分からないけれど、結構離れた所から手を振りながら叫ぶミカ。
私、あそこまで泳げるのかな。まだ早いのでは無いかな?
……ゴクリ。
口の中に溢れて来た生唾を飲み込む。
……大丈夫、改めてミカが付きっ切りで教えてくれたし、私だって成長しているのだから。
えいやっ! と、私はプールの壁を蹴った。
❤
今迄の事が有るから心配は心配だけど、海に行く日迄そんなに毎日プールに来る訳にもいかないし。
球技大会に向けて散々練習したバスケでスポーツに目覚めた感じの有る最近のユカリなら、泳げる様になるのではないかなって思う。
私なりに調べて来た、泳げる様になる方法は全部試したし。
幸いな事に、ユカリは別に水に顔を付ける事に対しては恐怖心は無いから、話が少し早かった。
後は、泳ぎの型さえ身に付ければ、きっと。
ユカリのバタ足に因って、水飛沫が大きく立つ。
そして、それが少しずつ近付いて来る。
ほらね。
まだ息継ぎは教えていないけど、これ位の距離なら直ぐだよ。未だ息継ぎを教えていないのは、意地悪とかでは無くて、と或るテレビ番組の“運動神経悪い芸人”のコーナーで、泳げない人の特徴として、息継ぎをしようとして型を大きく崩しているのを見た事が有ったから。
……。
……。
……あれ? 水飛沫が段々小さくなって……見えなくなって……。
「ユカリ?!」
悲鳴にも似た声を上げた私は、急いでユカリの所に移動した。
私の声が聞こえたのか自分たちの泳ぎの練習をしていたアヤカたちも集まって来た。
そして……。
私たちの前には、プカーと浮くユカリの姿が有った。
♦
「ごめんね、ごめんね」
プールサイドに座る私の隣で、謝罪の言葉を繰り返すミカ。良いのに。
「さっき訊いてみたらビート板が借りれるみたいだし、先に確認すれば良かったよ」
……うん、それはそうかも知れないけれど、私も全く思い至らなかったのだから、お相子。
「じゃあ、ビート板を借りて来て、早く練習を再開しましょ? 時間が勿体無いわ」
「う、うん……。今、アヤカが借りに行ってくれてる」
「ユカリー?!」
遠くから聞こえる声を辿ると、ビート板を持ったアヤカが近付いて来る処だった。
「ほら、ミカ。遠慮は要らないから、ビシバシ扱いてね。でないと私、多分去年までの繰り返しよ?」
「う、うん、……そうだね!」
今迄何度練習しても泳げる様にならなかったけれど、今年の夏こそは泳げる様になってみせる。
それで、海に行く時に着る、可愛い水着を買うの。
❤
今年こそは、ユカリを泳げる様にしてみせる。
そして、ユカリに似合う可愛い水着を買って、皆で海に行くの。
❤ ♦
そう、私たちの戦いは……あれ? ……私たちの夏は、始まったばかりなのだから!
ユカリとミカ ~2人じゃなきゃダメなの~ はるにひかる @Hika_Ru
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