第52話:ボクラの戦場。



 お昼を挟んでからの第3回戦、私たちにとっての2戦目も、力の差は歴然だったからパスワーク主体で体力を温存したまま、そこそこの点差で勝ち上がった。

 最後にセンターラインに並んでお辞儀し合うと、パラパラとした拍手。


 隣のコートでは、同じクラスのバスケクラブメンチームが、接戦を演じたチームと肩を抱き合ったりしながら、惜しみの無い賞賛をこれでもかと受けている。

 

 ……仕方無い、仕方無い……。

 ……こっちは、全然力を出していないのだし……。


「…………………………ねえ、ユカリ」


 コートを出る時、直ぐ横を歩くユカリにだけ聞こえる声でその名を呼んだ。

 ユカリはジッと私の顔を見た後、溜め息を吐きながら「仕方無いわね」と呟いた。



「3人もそう思う?」


 一度体育館の隅に集まってユカリが訊くと、アヤカも、カナコも、シオリも、悩む事も無く頷いた。


「まあ、どっちにしろ舐めプなのはバレているだろうしね」

「そうそう、全力で圧勝しても、今みたいに勝っても、結果は同じだよ」

「準決は全力出した方が、決勝が注目されるんじゃないかな?」


 3人の言っている事は、そのまま私も思っている事。

 ……でも、それよりも何よりも、もっと根本的な思いが有る。

 それは……。


「うん、私もそう思うし、私も全力を出した皆の凄さをもっと周りに知って欲しい」


 ……今、ユカリが言った事。

 なんだ、皆思っている事は一緒じゃない。


「テストでも、結局本気の皆は見て貰えていないしね。……裏で考えていた事を周りが知ったら、驚くでしょうけれど」


 そう。結局私たちは、『運命の』とか何とか言いながら、未だ周りに力を全然示していない。詰まり、舐めプ。

 一応装ってはいる心算だけれど、分かる人には分かっちゃうだろうし、こんなのが拍手を貰える筈が無い。


 体育館にホイッスルの音が鳴り響いて、さっきまで私たちが居たコートで、勝った方のチームが次の準決勝で私たちと戦う事になるゲームが始まった。

 5人で暫く何も言わずに、その試合の動きを見守る。

 片方のチームはさっきまでと同じ様に余り動きが良くないけれど、もう一方のチームのメンバーはそれぞれ中々な動きをしている。

 ……尤も、それでも私たちなら全力を出さなくても勝ててしまうだろうけれど。


「……皆、良いの?やるからには本当の本当に本気の全力よ?」


 徐に皆の顔を見渡したユカリは、真剣に言った。

 その言葉の意味は、分かっている。


『ここで全力を出したからと言って、決勝では泣き言を言わせない』


 ……でも、ユカリだって私たちの答えは分かっているよね?


「「「「勿論!!!!」」」」


 私たちの合唱を聞いたユカリは、満足そうに頷いた。

 ……何よ、自分だってそう思っていたんじゃない。


「だから、ユカリも本気でね?」

「え? ……あ、うん、勿論」


 私が釘を刺すと、ユカリは一瞬キョトンとした後、相好を崩して頷いた。

 気を遣った指示なんか出したら、あのお馴染みのラーメン奢りなんだか……らは、ちょっと安過ぎるかな。


「準決勝と決勝で私が皆に気を遣った指示を出したら、特製ラーメン奢りで良いわよ」

「ソフトクリームのセットは?」

「うん、何でも良いわよ。だって、そうはならないから」


 シオリの質問にノータイムで答えたユカリ。

 ……うん、覚悟しておこう。




 暫くして、私たちの準決勝の相手は順当に、動きが良かったチームの方に決まった。

 10分の休憩を挟んで、本当の意味での私たちの戦いが始まる。


 ピー!

 ホイッスルが鳴って、ジャンプボール。

 アヤカがこっちに弾いてくれたボールを取って周りを見るとカナコが走り込んでいたので、パスを出した。

 それを受け取ったカナコが相手ゴールにドリブルで向かうと、ゴール下を守っている選手がそれに立ち塞がった。

「あ……」

と指示を出そうとする間も無く、カナコはその相手をジッと見たまま、真横にボールをバウンドさせる。

 すると、既にそこに居たシオリがそれを受け取って、ボールを上に構えて静かにジャンプしてそのまま放った。

 ポスッ。


「え」


 突然の出来事に、会場中が静まり返った。

 バレーボールをしている筈の2年生も、熱戦を始めた筈の隣のコートも、誰一人動けずに居た。

 そうよね、皆驚くわよね、私でさえこんな事が出来るなんて知らなかったんだから……。


 ゴールを決めたシオリはカナコとアヤカと3人でハイタッチをしていて、ミカはそれを笑顔で見守っていた。

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