第48話:テストの返却。



 テストが終わって久し振りに皆でバスケットボールの練習で遊んだ翌日、木曜日の1限は公民の授業だった。

 教壇に立つ先生の所に、名前を呼ばれた順番に一人一人答案用紙を受け取りに行く。

 私の番になって先生から受け取る時、

「ミカさん、中間テストと比べると、随分頑張りましたね。間違えた問題も、ちょっとした勘違いや思い違い位で、只の間違いは有りませんでしたね」

と言って貰えて、誰にも見えない様にガッツポーズをした。

 そして振り向いて席に戻ろうとした時にユカリも呼ばれてこっちに向かって来たので、目で報告したらユカリは満足そうに笑顔になって、微かに頷いた。


「えー、……皆さん、どうしたんでしょうか。このクラスだけ、ダントツで平均点が高かったんですけど……」


 答案用紙の返却が終わると、そう前置きをした先生は、1問目から解説と注意点、多かった間違い等を説明し始めた。


「……と云う事で、ここは夢は願望の充足だとしたフロイトでは無く、その夢を見る原因を求めたユングが正解という事になりますね。ここの間違いは、フロイトと云うのが殆どでしたね。ただ……」


 そこで言葉を区切った先生は、一度私の顔を見てから、もう一人の顔を見た。

 その視線の先を追ったら、ユカリと視線が合った。

 ……ん?


「“ユング・フロイト”と、間違えて1人の名前にしてしまった人たちも居ました。昔のアニメーションに、そんな名前のキャラクターが居たと云うのは聞いた事が有りますが……。……ユカリさん、惜しかったですね。これが無ければ……」

「済みません、そのアニメは知りませんが、完全に勘違いしていました。……ひょっとして私以外に同じ間違いをしたのって、ミカさんですか?」


 ユカリは先生の言葉を遮る様に立ち上がりながらそう言ってこっちを見たので、無言で頷く。

 序に言っておくと、私もそのアニメの事は知らない。

 スマートフォンで検索したら、出て来るかな。


「ごめんなさい、勘違いしたまま教えてしまって」

「……いえ、交換条件とは言えユカリさんが教えてくれたからこれだけの点が取れたんですもの。感謝しこそすれ、文句を言う気なんて更々有りませんわ。お気遣い、痛み入ります」


 私が座ったままそう返すと、ユカリは「……ありがとう」と言って座った。

 ……皆の目が無ければ、同じ間違わせ方をしていた事を笑い合っている処なんだけどな。

 勿論帰るまでは出来ないけれど、今から、その時間が待ち遠しく感じる。

 ……ちょっと、アヤカ、カナコ、シオリ、こっちを見て笑いを堪えないでよ。

 渾身のお芝居が無駄になるじゃない。





 テストの返却は、推測通り3日間の中で行われている。

 2日共、夜のリモート勉強会でそれぞれ結果を教えて貰ったけれど、概ね想定通りの点数を取れているとの事だった。

 勉強会では主に、本当に間違えた問題、授業での解説で疑問点が残った物を教えて貰って確認をした。


 そして3日目の今日の最後の授業、現国で9教科全てが返って来る。

 現国は一昨日も昨日も有ったけれど、流石に採点が間に合わなかったと云う事で、このタイミングになってしまった。


 ……私としてはこの教科を一番楽しみにしていたのだから、“待て”をされていた分、美味しく感じるだろう。

 現国の先生が入って来た時にチラっとミカを見ると、ミカはミカで深刻そうな表情で私を見ていた。……勝負ね。

「ええ、このクラスは平均点がダントツで良かったんですけど……」

とその教師は他の科目の先生方と同じ前置きで入ると、これも同じ様に手元の答案用紙の上から持ち主の名前を呼び始めた。

 その内にミカが呼ばれて、答案の授受をしている時に他の生徒の時よりも何事か少し長く話し込んだ後、ミカは頷いて席に戻って行った。

「ユカリさん」

「はい」

 名前を呼ばれたので、私も教壇に向かう。

 そしていざそれを受け取る時に先生が、

「ユカリさん、満点おめでとう。この事、皆に伝えても良いかな?」

と耳打ちして来て、伝えられても特に困る事は無いので、黙って首肯した。

 ……っと、あれ、この遣り取りって……。


「はい、皆さん。先程はこのクラスの平均がダントツで良かったと言いましたが、実は満点が2名居ます。2人共に許可を貰えたので、紹介しますね」


 答案を全て返し終えた先生は、そう言って私の方を見た。


「1人目は、ユカリさんです。はい、皆さん拍手」


 ……何だかそんな流れっぽかったので、立ち上がってしめやかにお辞儀をした。


「そして2人目は……」


 頭を上げると、先生はミカの方を見ていた。……やっぱり。


「ミカさんです。はい、皆さん、拍手をお願いします」


 名指しされたミカは、私と同じ様にゆっくりと立ち上がって、静かにお辞儀をした。

 ……しかし私の時と違う処は、周りの拍手が疎らだと云う処。

 シオリの吹く口笛が、ヒューと空しく教室に響いた。

 

 ……やっぱり、まだ早かったかな……。

 カンニングで100点を取れるものかどうか、皆、1度やってみれば良いのに…。


「ミカさんは中間テストの時には、ユカリさんより上だったんですよね。ほら皆、拍手」

「「「「「「えぇっ?!」」」」」」


 続く先生の言葉に、教室中にどよめきが起きた。

 ……懸念していた通り、皆、ミカの赤点しか見ていなかったのね……。


 意識を集中して、口々に話し合う皆の言葉に耳を澄ます。

 ……その言葉の端々に、クラスの皆のミカに対する評価が上がっているのを感じる。


 パチ、パチ、パチ。

 改めてアヤカたちが拍手を始めると、皆、それに続いてさっきよりは温かい拍手をしてくれた。

 当のミカは、それに驚いて、照れ隠しに笑いながら頭を搔いている。

 ……そう云う処よ。


 思わず口許が緩んだ私は、拍手の中を、ミカの方にゆっくりと近付いて行き、握手の為の手を出した。


「……頑張ったわね、ミカさん。今回は勝とうと思っていたのだけれど、まさか満点を取って来るなんて。……次は、2学期の実力テストかしら。お互い、頑張りましょうね」


 私の言葉を聞いて、ミカは私のその手を力強く握った。

 ……本当は思い切りハグしたい処だけれど、今はこれが限界。


「……ええ、そうね。今回は赤点も無かったし、次は現代文だけじゃないかも知れないよ?」

「……言うじゃない」

「ふふふ。……その前に、取り敢えずは球技大会かしら。一緒に頑張りましょうね」

「勿論よ。……でも、仲良しこよしでやる心算は無いから、覚悟しておいてね」


 そう言って手を離した私が踵を返して席に戻ると、……残念ながら全員では無いけれど、教室中が熱く沸いた。

 ……それにしても、さり気無く“赤点ゼロ”の公言を入れて来るなんて、本当にやるじゃない。

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