第44話:NEO STREAM.



 それからの私たちは、学校のある日は時間ごとに勉強をし、夜は数時間リモート勉強会を開いた。

 昼放課のシュート練習に関しては、毎日と云うのもまた何か勘繰られてしまう可能性が有ると云う事で、1日置き、2日置きと、不定期に見せ掛けておこなった。

 体育の先生に5時限目の体育館での授業の有る無しを訊いて、出来るだけ無い日を選んでいたと云う事も有る。

 勿論全部、ユカリの発案。

 筋肉痛が酷かったあの日は、ゴールのほぼ真下からでもユカリのシュートは届かなかったけれど、それさえ無ければ普通に届きはした。

 ただ、最初は腕の力だけで目一杯投げようとしていたから、私のシュートフォームを実演で見せながら、力を抜いて全身のバネと手のスナップを使って放る事を教えて行くと、シュートの成功率も上がって、その距離が徐々に伸びて行った。

 シュート練習をしない日は勿論、アヤカとカナコとシオリと4人で勉強を頑張った。

 クラス内で『放課は勉強の時間』と云う習慣が付いたからかは分からないけれど、7月に入った今でも、殆どのクラスメートは放課を勉強に当てていた。

 それでもやっぱり飽きて来てしまっているのか、以前程の静けさは無くて、お喋りの声は聞こえて来る。……うん、でもやっぱり静かすぎるより、これ位は声が聞こえる方が安心する。

 ユカリのグループのユズキさんなんかは、さっきから引っ切り無しに喋り続けているけれど、手の方は動いているのかな。ユカリはその所為で、自分の勉強をしながらオート頷きモードに入っているし。

 ……『オート頷きモード』って言っても、内容も聞き流しているのでは無くて、ユカリはちゃんと聞いているのだけれど。

 前にそのモードになっていた後に訊いた時、ユカリは「目の前の勉強と、話の内容を聞くのに精一杯で、反応迄は考えていられないから」と言っていた。

 ユズキさんはユカリが「うん」「うん」と自分の話に頷くだけでも満足そうだから、それで良いのかな。私だったら全力で聞いちゃうし、返しちゃう。

 ……そう云う意味では、目の前の3人がずっと集中していてくれるのはありがたい。

 話すのも、誰かが分からなかった事を質問している時だけで。

 その説明をするだけとか、誰かの解説を聞くだけとかでも閃きが有ったりするから面白い。

 放課に話さない分、夜のリモート勉強会では時間が有る事も有ってついついお喋りしちゃうけれど、それを聞いているユカリがアヤカたちを分析して、彼女たちにとって、より効率の良い勉強方法なんかをそれぞれに考えたりするから、勉強会として全くの無駄な時間と言う訳でも無い。


 学校が無い土日なんかは、午前中はユカリと2人で勉強して、晴れている日は午後に何時間かお母さんたちがバスケットゴールが有ると教えてくれた新海池にいのみいけ公園に行って、2人で相談しながら、ゴールを使ったユカリのシュート練習。

 他に使っている人が居たり、使いたそうな人が居た時には、外れた所でパスの復習。

 疲れた時には、持って行ったシートを敷いて、近くの木陰で休んだりして。

 周りの視線を気にする事無く、2人並んで幹に凭れて話していると、昔に戻った様でとても落ち着く。

 ……流石に、この年になって木に登ろうとしたら止められた。それは良いの。ここだと、見晴らしは良くないから。


 練習が終わった後に、昔良く2人で遊んだ公園に行って久し振りに街を一緒に眺めたいなと言ったら、ユカリは「仕方ないわね」と、笑ってくれた。

 木の枝に座って一緒に眺める久し振りの景色は、子供の頃とはまた違って見えた。

 夜は勿論、皆でリモート勉強会。

 偶にユカリも私のうちでご飯を食べた日は一緒に画面に現れて、アヤカたちに羨ましがられた。




 1学期の期末テストが1週間後に迫って来ると、クラブ活動も一斉に停止になって、私は授業後、兼ねてよりミカに伝えていた通りにホノカさん、ナオさん、ハルナさんとユズキさんと5人で図書室で勉強する様になった。


 ……とは言え、私たちが図書室で勉強すると聞いたクラスメイトが集まって、同じクラスのほぼ全員での勉強会になっているのだけれど。

 同じクラスの人で今この場に居ないのは、ミカたち4人位。

 移動する前に、4人で集まって教科書を開いているのは見掛けたから、そのまま残って勉強しているのだろう。

 ……こうして皆からの質問を受けたりしていると、あの4人の理解度が、今やクラスの中でも上位に入る位になっているのを感じる。

 色々と考えて安全策を取る事にした結果、そのままの点数を取らせてあげられないのが残念な程。


 アヤカもカナコもシオリも、元々知的好奇心は人並み以上に持っていたけれど、効果的な勉強の仕方を知らなかっただけ。

 ミカは、元々理解力は有ったけれど、勉強の優先度が極端に低かっただけ。……中間の時には完全に油断していたのだし。

 今は4人の問題点を全て攫って、尚も少しでも身になる様に私がアップデートし続けているのだから、当然と言えば当然の事。……少し、自画自賛が過ぎるわね。


 夜にはまた4人と勉強会をするのだし、今はここに居る皆の成績が少しでも上がる様に努めよう。

 ミカの国語みたいに元々得意な科目以外は最高でも60点しか取らないあの子たちが、クラスで一番下の成績になる位には。

 ……尤も、そうは言っても私に出来るのはそのすべを授ける事位で、後は全部個々人の頑張り次第なのだけれども。


 頑張って、皆。

 ……私も、今度はミカに負けない様に、国語だけは全力で頑張るから。





 テスト週間、ユカリは図書室で勉強すると言っていたので、私たち4人は教室に残って勉強に励んだ。

 最初よりもお互いで教え合える事が増えて来ているので、これまで頑張って来た成果はやっぱり有ったんだなって実感する。

 それでも、答えは分かっても、何だかモヤモヤが残ったままの問題も幾つか有るので、それは夜の勉強会でユカリに訊いてみよう。



「……何かさ、テスト週間ってもっと皆教室に残っている物かと思っていたけど、意外と私たち以外に誰も居なくて、静かで集中出来るね」


 一区切りついたから休憩にした時に、カナコが腕のストレッチをしながら言った。


「そうだね」


 頷きながら改めて教室内を見回してみたけれど、やっぱりひっそりと静まり返った教室内には、私たち4人しかいない。

 ひょっとして、施錠鍵をかうのは私たちがしなきゃいけない感じ?

 

 本当、中間テストの時は皆もっと残る感じだったのに、何処に行ったんだろ。




 テスト前最後の土曜日はホノカさんたちに勉強会に誘われたので、ミカたち皆に断って日中はそっちに参加。

 夜は恒例のリモート勉強会で、「クラスの皆も頑張っていて平均点が上がるだろうから、60点よりもう少し上を取ってみても良いかもね」と提案してみたけれど、満場一致で今回は様子見になった。

「焦る事は無いんじゃない? 私たちが分かっている事を確認出来れば、答案上で間違えていても問題無いし」とは、シオリの談。

 残りの3人も、揃って首肯した。……私も、まだまだだな。


 テスト前日の日曜日、最近の流れと同じく午前中はミカの部屋で一緒に勉強、午後は公園にシュート練習に行ったけれど、この日の練習は短めで済ませた。

 肉体的に疲れるのは殆ど私なのだけれど、教える側も精神疲労を起こすのを私は知っているから。いつもなら気にしない位だけれど、差し当たって明日からのテストは万全にしたい。

 他の学校ではいざ知らず、私たちの学校では期末テストは中間テストと違って、国語、英語、社会、数学が授業で受けている2種で分かれ、合計9科目、3日間の長期戦になるからだ。

 テスト後は早く帰れるのは嬉しいけれど。……1人でシュート練習に行ってみようかな。

 夜のリモート勉強会も、「落ち着かないのは分かるけれど、早く寝る様にね」と言い含め、早めに切り上げた。


 パソコンの画面上からアヤカとカナコとシオリの3人の顔が消えたのを確認してから、消しゴムを筆箱に入れ、勉強会で使っていた道具を全部自分のバッグに仕舞う。


「じゃあ、ミカも今日は早く寝てね。寝不足で当日に実力が出せないとか、一番馬鹿らしいから」


 私が部屋から出ながら言うとミカは、

「分かっているってば。……あ、待って、玄関まで見送らせてよ」

と、笑いながらついて来た。


「あ、ユカリちゃん、今日はもう帰るの?」

「うん。明日が本番だし、ミカは早く寝かし付けて下さいね」


 階段を下りて玄関に向かう途中で、リビングから顔を出して残念そうに言ったトモミさんにそう返すと、ミカは「何それぇ」と口を尖らせた。

 因みに私の門限は、予めそうと告げてミカの家に居る時に限って無い物とされる。

 昔から。



「じゃあ、また明日」

「うん、また明日ね!」


 挨拶を交わして、暗くなった道を自分の家へと向かう。

 今ではまた普通になったこの挨拶も、1か月前までの事を思うと、感慨深い物が有る。

 ……ヤダ、何だかドキドキして来た。

 さっきミカにあんなに偉そうに言った私の方が眠れなくなっちゃったら、どうしよう。




❤ ♦


 そして運命の、期末テスト初日を迎えた。

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