第43話:バスケットボール。



 その日のクラブで、ミカだけで無く私も球技大会の選手になった事を部長に伝えると、部長は少し困った様な顔をした。

 流石に、私が選手になるのは完全に想定外だったらしい。

 ただ、幸いと言うか、他の部員で選手に選ばれた人は居ないらしく、皆で話し合った結果、ギリギリでローテーションが組めた。

 私とミカは試合の結果次第でどうなるかは分からないものの、出来る限り空いた時間には撮影を代わると云う事で話が付いた。

 元々、私たちのチームは勝つ事だけが目的では無いのだし。

 そりゃ、勝てるに越した事は無いけれど、私がどれだけ貢献出来そうかを考えると、……ね。

 ……勿論、今から出来る限りの努力はするけれども。


 それにしても、この筋肉痛、早く治まってくれないかな。




「ねえユカリ、筋肉痛はどう? 少しは和らいで来た?」


 パソコンの画面に映し出されたミカが、心配そうに訊いて来た。

 土日の夜は私がそれ処では無くやらなかったので、実に三日振りのリモート勉強会。

 アヤカとカナコとシオリはそれぞれの事情で繋ぐのが少し遅くなると連絡が来ていた。

 ミカにもその連絡は来ている様で、別個に私にも送ってくれているのが地味に嬉しい。


「うん、心配してくれてありがとう。夕飯は大変だったわよ。タンパク質とビタミンB群が筋肉痛に効くからって、お母さんがニラレバと納豆を用意してくれていて……」

「ああ。ユカリ、風味がきついのは得意じゃないもんね」

「そうなの。お母さん、筋肉痛にかこつけて、私の好き嫌いを少しでも治そうとしたみたい。……別に、全く食べられない訳では無いのに」


 ……何か、今でもレバーの独特の風味と納豆のネバネバが今でも口の中に残っている様な感じがする。


「あはは、小母さんも策士だね。流石はユカリのお母さん」


 画面の向こうのミカは、そう言ってカラカラと笑った。


「自分で出来る事ではね、ストレッチで筋を伸ばしてあげると、痛みが治まり易いみたいだよ」

「そうなんだ。この勉強会が終わったら、試してみるね」


 効果的なストレッチと、あと何か出来る事は無いか、調べてみよう。

 検索すれば出て来るよね、多分。


「それはそれとして、気になっているのだけれど……」


 話が一段落着いたので、さっきから気になっている物について触れてみる事にした。

 画面に映るミカの後ろ、ベッドの上に転がっている、バスケットボール大の物。


「そのベッドの上の、昨日までは無かったよね?」


 私が知る限り、……と云う事は生まれてからこの方、ミカの家にそれが有った筈が無い。

 有ったら絶対に一緒に遊んでいたし、若しそうなら現状はもっと明るい筈だ。


「ああ、これ? お母さんがユカリの為にって仕事帰りに買って来てくれたの。これで、土日も練習出来るね!」

「……そうね」


 私はそれだけを返して、椅子の下に転がしていたバスケットボール大の物を拾ってカメラに映る様に持った。……これだけの動きでも、未だ地味に痛い。


「あれ?! 何で?!」


 お互いの画面に映る、バスケットボール大のバスケットボール。


「うちのお母さんも、ミカの為にって買って来ていたのよ」

「ええ、何それ! お母さんたち、気が合い過ぎ! 私たちみたい!」


 そう言ってミカはまた、楽しそうに笑った。

 それにしても、小母さんも買っていたなんて……。

 ……さっきボールを渡してくれる時、お母さんが何か笑っていたのはこれか。

 買いに行った時に、同じお店で鉢合わせたに違いない。

 でも、それなら買うのはどちらか1つだけで良いのよ。

 …………ああ、ダメだ。

 「ユカリちゃんの為」「ミカちゃんの為」とどっちも譲らない姿を、今まで散々、嫌と言う程見て来たのだし。

 お母さんたちが一度そうなると、お父さんたちが何を言っても絶対に引かないし、私たちは抑々自分たちの為と言われているのだから何も言えない。


 あとミカ、お母さんたちからしたら、私たちの方を「私たちみたい」って思っているわよ。


「ごめん、遅くなった! ……あれ? 何か楽しそうだね、どうしたの?!」


 そこで入って来たアヤカは、私たちに釣られてか楽しそうに訊いて来た。


「……あれ? 何で2人共新品のボール持っているの?」




「へえ……。そんな事有るんだね」


 2人共のお母さんが同時に買って来た事を伝えると、アヤカは目を見開いて感心した様な声を出した。

 私たちからしたら割と日常の光景なのだけれど、周りからしたらそう云う反応が普通なのかな。


「ごめん、お待たせー!」

「待ったよね! 勉強しよ!」


 暫くしてカナコが、続いてシオリが入って来た。

 4人揃ったからにはこれ以上お喋りで時間を取られる訳には行かないと、私……と同時にミカもボールが画面から見えない様にすると、アヤカは顔を背けて声を押し殺し、クククと笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る