第42話:シュートレンジ。
❤
「ユカリ、筋肉痛の調子はどう?」
他に人の居ない体育館でバスケットボールをドムドムとつきながら、床に座って柔軟運動をしているユカリに訊いた。
誰も居ないと云うのは未だ球技大会まで日にちが有るからだと思うし、早めに動き始めて良かったと思う。
「うん、……やっぱり、ちょっと辛い、かな。痛くて、これ以上行けない……」
ユカリは、床に足を延ばして、『前へ倣え』をしている。
……いつもなら、もうちょっとは前に行くんだけどな。
「ユカリさん、この放課にシュート練習をするから、食べ終わったら来て下さい」
と言い残し、ここに来てボールと遊びながらユカリを待っていた。
勿論、それもユカリの発案。
何でも、いつの間にか2人で居なくなってしまうと、バスケをしている処を見られた時に、球技大会の為と分かっていても、やっぱり仲直りした様に見られてしまうかも知れないのだとか。
……もう良いや。切ながっている場合では無いのだし。
「じゃあ、取り敢えず私が打ってみるから見ていて」
私はそう言うと、ゴールから数歩離れた所に立ち、ボールを放った。
ポスッ。
そのボールはリングに触れる事無く、ネットを潜る。
まあ、この距離なら。
そのままの姿勢で拍手をしているユカリを見ると、「流石ミカ」と言いながらも、不思議そうに首を傾げていた。
「首を傾げてどうしたの、ユカリ。って言うか、この距離のシュートで褒められると、逆に恥ずかしいんだけど」
「あ、ごめん……。つい、癖で」
そう言ったユカリはゆっくりと立ち上がって、また口を開いた。
「作戦通りだと、私がシュートをするとしたら、この辺りじゃないの?」
その手は、フリースローのラインから少し中央寄りの辺りをグルリと指している。
……それはそうなのだけれど。
「まあ、実際はその辺りになるけどね。でも、いきなりその距離からシュートして入ると思う?」
私が訊くと、ユカリは実際にそこに立ってゴールの方を見た。
「……全く思わない。それどころか、ここからシュートして届く様になるとはとても思えないのだけれど」
この答えは、想定の範囲内。
「まあまあ。忍者も、麻を植えて毎日飛び越えていたら、その麻の成長に合わせて跳躍力が伸びるって云うじゃない?」
「私は忍者じゃないし、抑々その例えは合っているの?」
やっぱり、理屈じゃ私は
「じゃあユカリ、私がそこからシュートを打って、届くと思う?」
「うん、思う、ミカなら」
……ユカリのその言葉に、思わず頬が緩んでしまう。
喜んでいる場合じゃないでしょ、私。
気合を入れ直して、ユカリの横に立つ。
「……私だって、最初は全然届かなかったんだよ?」
そして一度ボールを床に弾ませて気を引き締めて、体中のバネを使って、ボールを放る。
今度はガツンとリングに当たって上に跳ねたボールは、グルグルとリングの上を辿り、その内に勢いを無くしてその内側に落ちて行った。
「ありゃ、入った」
流石にこの距離からのシュートは余り練習しなかったし、入らなくても届けばそれで良いやと思っていた私の口からは、自然にそんな言葉が漏れた。
パチパチパチパチパチパチパチパチ。
隣に立っているユカリが無言のまま、凄い勢いで拍手をしてくれた。
今のは、私も自分で自分を誉めてあげたい。
……と、それはそれとして。
「ねえ、ユカリ。今の私のシュートはゴールに届いた……どころか入っちゃったんだけど、小さい頃から届いていたと思う?」
「ミカなら……、……あっ」
「ユカリも見ていたでしょ、届いていなかったのを」
それは小学校の体育の授業や、放課に皆でバスケで遊んだ時だとか。
最初は、フリースローラインからでも中々届かなくて、悔しい思いをしていた。
一緒に遊んでいた男子は簡単に届く様になったのに。
だから私は自分のシュートがどの位置からなら届くのかを把握する事から始めて、皆と遊びながら、その距離を少しずつ伸ばして行ったのだ。
ユカリはそれを、授業中は兎も角、放課はいつも少し離れたレンガ積みの花壇の
「……うん、最初は全然届いてなかったね。結構直ぐに届く様になったから、忘れていたよ」
「ね。……それにさ、もっと気楽に考えてよ。出来なかったら出来なかったで仕方ないからさ。ここからのユカリのシュートが選択肢に入ったら、戦術が増えるかなって程度に。ユカリの役割は、指示出しとパスワーク。……と言うかパスワークだって、或る程度マークに付かれる様になると思うけれど、一人二人引き付けられたら、それで良いんだから」
そこまで私が喋り続けた処で、ユカリは漸く首を縦に振った。
球技大会がどれ位の時間配分で行われるか分からないけれど、連戦になったりしたら流石の私たちも走り続けるのは辛くなるし、勿論本音を言うと、シュートが入る可能性が少しでも出てくれると嬉しい。
でも何より、一緒に出来る事になったからには、やっぱりスポーツが苦手なユカリにも少しでも楽しんで欲しいから。
変なプレッシャーは、感じて欲しくない。
ゲームの前の高揚感と武者震いさえ有れば、それで良い。
「じゃあユカリ、先ずはこれ位の距離からね」
ボールを持った私は、私がシュート練習を始めた辺りに立って、ユカリに声を掛けた。
「今日は筋肉痛が酷いなら、私のシュートを見ていてくれるだけでも良いけれど、どうする?」
「……ん、ちょっとやってみたい」
「うん!」
そのユカリの返事を愛おしく思いながら、ゴールに振り返った私は、もう一度丁寧にシュートをした。
この位の距離なら、腕の力だけでも外さないんだけどね。
ゴールの下で跳ねるボールを掴んで、ユカリにパスをする。
「じゃあユカリ、やってみて」
「うん!」
そう言ってやる気満々で放たれたユカリのシュートは、それでもゴールに全然届かずに、テンテンテン……と寂しく跳ねた。
筋肉痛で教室に戻るのも時間が掛かるだろうと、ユカリには先に戻って貰って、私は用具入れの籠に掛けてあった布でボールを拭いてから教室に戻った。
「……ねえミカ、ユカリどうだった?」
席に戻った私に、アヤカが耳打ちする。
カナコとシオリも顔を寄せて来た。
「今日は筋肉痛が酷いからね。あれじゃ、
「「「だよねー」」」
私が小声で返すと、3人は愉快そうに声を揃えた。
私のシュートの見様見真似で全身のバネを使ってシュートしようとするけれど、手も足もプルプルして全然曲げられなかったユカリは、生まれ立ての小鹿みたいで可愛かった。
私たちの戦いは始まったばかりだ! ……なんてね。
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