第45話:the Present before the Test of the School is like a Diamond.



「ふあ~あ」

「あら、どうしたのミカ? 寝不足?」


 期末テスト初日の朝、ユカリと2人で駅に向かって歩き始めた時、不意に大きな欠伸をしてしまった私に、ユカリは笑いながら言った。


「だから、早目に寝なさいって言ったでしょ?」

「違うって。ちゃんと寝たよ?お母さんが五月蠅く言うから……。あっ!」


 ボーッとした頭で失言してしまった事に気付いて、慌てて口を手で押さえた。


「……ミカ?」


 ……うん、ユカリは見逃してくれないよね。


「ごめんって。……私も、ちゃんとあの後直ぐに寝ようと思ったんだよ? でも、あとちょっと、あとちょっとってやっている内に、遅くなっちゃって……」


 私が慌てて弁解すると、ユカリは口許に手を当てて「ふふふ」と笑った。


「やっぱり、遅くまで起きていたんじゃない」

「……ごめん。でも、眠気は無いから大丈夫!」

「……だと良いけれど。今のミカなら、普段通りに出来たら今回のテストは余裕なんだから」

「本当?」

「うん、本当」


 ユカリにそう言って貰えると、安心は安心なんだけどな。


「ねえ、ミカ。落ち着いて、深呼吸してみて?」


 不意に立ち止まったユカリは、私の顔を見て真剣な眼差しで言った。

 ……どうしたの、急に。

 念の為周りを見てみると、駅に向かって歩いている人がチラホラいる。


「え、でも人歩いているし、恥ずかしい……」

「良いから。……ほら、こんな風に」


 躊躇する私の目の前で、ユカリはそっと目を閉じて、大きく深呼吸をして見せてくれた。


「……うん……」


 私が頷くとユカリはもう一度深呼吸をし始めたので、私もそれに合わせて深呼吸をした。

 それを3回繰り返すと、またユカリは徐に目を開けた。


「どう?」

「……うん。さっきより、頭の中がスッキリした気がするよ。ありがとう」

「そう、……なら良かった。深呼吸も捨てた物じゃないでしょ?」

「本当だね!」


 自慢気に笑うユカリの顔を見ていたら何だか元気が出て来た私は、ユカリの手を引っ張って、また歩き出した。


「……もう……」


 その手を振り払う訳でも無く、ユカリはそれだけをボソッと言うと、早足で私の隣に追いついて歩調を合わせてくれた。

 そこからは2人並んで、駅までの道を愉しんだ。


 ……それにしても、さっきの欠伸は何だったんだろう……。






 朝のホームルームも終わると、いよいよ、期末テストの時間がやって来た。

 黒板には、今日の試験の科目と時間割が書かれている。

 1日につき、3科目ずつ。

 今度は絶対に、失敗しないんだから。


 うん、絶対に、失敗出来ないんだから。

 その為に、ずっと頑張って来たんだから。

 また失敗したら、今度こそユカリとは……。


 ……あ、あれ?何だか、息苦しくなって来た……?


「では皆さん、机の中の物や掛かっている物は全部ロッカーに入れて下さい。筆記用具は使う分を筆箱から出して、筆箱も仕舞って下さいね」


 ……先生の声が、遠くの方で聞こえた気がする。

 よく聞き取れない……何て言ったのかな……。

 周りの皆が動いている気がする。……あ、荷物か……。


 ……あれ? 視界って、こんなに狭かったっけ……。

 ……ううん、とにかくまずは、荷物を片付けないと……。


 ……苦しい。

 呼吸って、どうやってするんだっけ。

 どれだけコキュウをしても、楽にならない……。

 チガう、今は荷物、ニ物、ニモツ、にもつ……。

 

 ……あ、フデバコもいけないんだっけ……。

 なかみ、ださないと……。


 ……これと、……これと、……これと、……これ……。


 …………あれ。

 わたし、けしごむ、にこも、いれたっけ……。


 これ……ユカリ……すきな……やつ……。


 …………なにか…………かいて……………。


『だから、深呼吸だってば。ミカなら大丈夫❤』


 ……。


 …………。

 

 ……………………………………あっ。





 皆が荷物を片付けている中、唐突に両手を突き上げたミカに、教室中の皆の視線が集まった。


「……ミカさん? どうしました?」


 先生が唖然としながら訊いたけれど、ミカはそれには答えられず、何度も手を上げ下ろししながら深い呼吸を繰り返した。


「あの、……ミカさん?」

「……あ、ごめんなさい! 深呼吸していました!」


 再び訊いた先生への返答に、教室中が笑いに包まれた。

 ……好意的な笑いは、未だ少ないけれども。


 妙にミカの呼吸が荒くなって来たので心配して見ていたけれど、ちゃんと気付いて、落ち着きを取り戻してくれたのを確認して、私は漸く胸を撫で下ろした。


 昨夜の帰り際にミカの筆箱に入れておいた、私からのメッセージ付き消しゴム。

 昨日の勉強中、何故だか中間テストの結果を受けてから私の誕生日迄のミカの様子を思い出した私は、それを慌てて用意して、念の為に仕込んでおく事にした。

 ……あの頃、矢鱈とビクビクしていた、ミカ。

 ひょっとして、精神的外傷トラウマ(PTSD)みたいになっていやしないかと。

 今のミカの様子を見る限り、果たしてそれは当たっていた様で、それにしても思い付きの予防線が上手く作用してくれて良かった。

 ……あのままだったら、テストは間違い無く全教科赤点どころの騒ぎでは無かったのだろうし。……そうしたら、もう……。


 ……今思うと、朝のミカの欠伸は本人が言っていた通りに眠気では無く、無意識の緊張に因る生欠伸だったと云う事なのだろう。


「良いから、早く荷物を仕舞って来て下さい」

「あ、は、はい、ごめんなさい!」


 呆れ顔の先生に促されて、机の中が空なのをもう一度確認してから荷物を全部持ってロッカーに向かったミカの姿に、教室に再び笑いの波が訪れた。


「……でも、そうですね。皆さん、テストを始める前に、深呼吸しましょうか」


 ……先生、最高です。

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