第39話:出来ないなりの作戦。



 始めた頃は散々だった私のパスワークも、続けて行く内にそれなりの物になって行った。……様な気がしている。

 何と言っても、丁度良い強さで相手に届く様になったのだし。


 今はそれも踏まえて、ボールを持っている人が4人の内の1人にアイコンタクトを取ってパスして行くと云う練習をしている。


「思うんだけどさ、試合中とか、皆に『ユカリが私たちと仲良くなった』と思われるのって、ユカリにマイナスじゃない?」


 ……この、カナコの一言が切っ掛けだった。

 名前を呼んでパスするのが普通だけれど、それだとどうしても『大好き感』が出てしまうのだと。


「言えているかも。あくまでユカリは、うちのクラスのカーストのトップに居なきゃいけないからね」


 賛同する、アヤカ。

 大好きと言われている私としては賛成も、また反論もし辛い。

 クラス内での今の私の立ち位置を客観的に見ると、トップクラスに居るのは間違いないだろう。

 その私が、自分たちが下に見ている人たちと仲良くなっていると、クラスメートたちが感じた時にどうなるのか。

 裏切られたと思うのかも知れない。

 堕ちたと思うのかも知れない。

 ……様々な感情が浮かぶ事は幾らでも容易に考えられるし、その結果、私もおバカ四天王と一緒にして下に位置付けようとするかも知れない。

 自分でも考え過ぎでは無いかと思う反面、1度そうなってしまうと取り返しが付かなくなるので、検証も出来ない。

 それならば、最初からその危険性を避けるしかない。

 今でさえ、妥協の上の交換条件で一緒に居る事になっているのだから。


 ……全く、皆の内心が私にとってのミカ位に分かり易ければ良いのに。


 そう思ってミカを見たらミカも私を見ていて、持っていたボールをパスして来た。

 パスン。

 慌てて胸元に構えた私の手の中に、ボールが静かな音を立てて収まった。


 ……その理屈だと、試合に勝った時のハイタッチも、ハグも出来ないのか。


 視線を手元のボールからアヤカに移して、アヤカもこっちを見ているのを確認してパスをする。

 パスン。

 さっきと同じ音がして、ボールはアヤカの手に収まった。


「お、良い感じ。上手くなったね、ユカリ」


 そう言いながらも私の方は見ていなかったアヤカのボールは、シオリに向かって飛んで行った。


「ありがとう。皆のお陰よ」


 そう言った私に笑い掛けたシオリのボールが、真っ直ぐ私に向かって飛んで来た。

 そのボールも何とか巧く取る事が出来たけれど、流石に少し腕が重くなって来た様な……。


「ねえ、そろそろ一旦休憩にしない?」

「「「いいね!!!」」」


 ミカの提案に、皆の声が揃った。

 ……やっぱりミカとは、アイコンタクトの練習は要らないな。


 持って来ていたシートをミカが芝生に広げ、皆でそれに座ると、結構キュウキュウだった。


「あー、やっぱり5人で座るには狭いかな」

「こう云うのも良いんじゃん?」

「そうそう、青春っぽい!」

「フフ、……っぽいって」

「瓶のラムネで乾杯したいな!」


 そう言って皆で笑い合う私たちの姿は、周りの人にはどう見えるのだろう。

 ……うん。


「ねえ、私、皆のお陰でチェストパスは出来る様になったんだけどさ」

「ん?」


 不意に語り始めた私の顔を覗き込む、ミカ。


「ドリブルはそんな簡単に出来る様になる気がしないし、試合で役に立てるかな?」


 これは、ネガティブな質問では無く。

 皆の役に立ちたいと云う、ポジティブな意思表示。

 ミカはそこで、ニヤリと不敵に笑った。


「そんなユカリに、一応、考えている事は有るんだよね」

「うん、どんなの?」

「……ユカリ、3秒ルールは分かる?」

「うん、ルールは検索して一通り読んだから。相手のゴール下のエリアに3秒以上居てはいけないと云うのでしょう?」


 私が答えると、ミカはパチンと指を鳴らした。


「流石ユカリ! それなら話は早いけど、それとかバックコートバイオレーションみたいなルールに引っ掛からない範囲でユカリにはコートの真ん中辺りをウロウロしていて貰おうと思うの」


 バックコートバイオレーションは、自陣から相手コートに攻めて行った後に、ハーフラインからボールを戻す反則だったかな。


「ウロウロ? それで良いの? 守備とかは?」

「……私たちが走る」


 ミカが言い切ると、アヤカもカナコもシオリも、黙って頷いた。


「え、でも……」

「走り合いも、その辺の運動部員には負けない心算だよ?」

「それは、……そうかも知れないけれど……」

「ユカリ、これはちゃんとした役割分担だよ。私たちが走り回るから、その分ユカリは冷静にコートの中を見て、空いているスペースとか、マークに付いた方が良い相手とかが見えたら、指示して欲しいの」

「……指示?」

「うん、指示」

「それも、命令する様にね。私たちは『分かってるから!』とか『うるさいなあ』とか言い返したりしながら従うから」


 訊き返すと、頷いて繰り返したミカにアヤカが補足した。


「ああ」


 成る程、それなら仲が良くなった様には見えないだろうな。


「それで、ユカリは相手のボールが取れそうなら取って貰って、……プレッシャーを与えて遅らせるだけでも良いよ……、後はパス回しと、状況的に打てそうならその場からシュートを打って貰う」

「……分かった。それなら差し当たって私は、パスとシュートを練習するだけで良いわね」

「うん。それに、シュートするにしても毎回同じ辺りからする事になるから、練習し易くない?」

「それは言えているかも……」


 確かにこのプランならシュートもフリースローの様な形になるし、全くドリブルが出来ない私が、人並みレベルまで出来る様になる必要が無い。

 実際に皆の負担は凄いと思うし、勝てる様になるかは分からないけれど、間違い無く私シフトの、勝つ為の次善の策だろう。

 それに、私も変にドリブルを失敗してクラスメートに情けない姿を見せなくて済むと云う効果も有る。


 ……うん、良いかも知れない。

 元々クラスの3チームの中でも1番期待されていないチームなのだし、1つでも勝てたら万々歳。


「違うよ、ユカリ」

「え?」

「勝つんだよ、私たちは」


 ミカはそう言って、ニッカリと笑った。


「まーた2人の世界?」

「何それ、私たちも入れてよー」

「私たち5人でワンチームでしょ?!」

「勿論! この5人で勝つの!」


 笑いながら唇を尖らせた3人にそう言って水筒のお茶を一口飲んだ私は、ボールを持って勢い良く立ち上がった。

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