第38話:練習開始。
♦
「何とか間に合ったねー」
『牧野ヶ池緑地』と書かれた信号を左折して駐車場への道を進ませながら、トモミさんは安心した様な声色で言った。
「そうね、良かったわ。……それで、何処で練習するの?」
「え? 何処って?」
不意のお母さんの質問の意図が分からず、答えに窮してしまう。
「予約が必要な所は使わないとしても、普通の芝生広場だけでも3つ有るから」
「うん、それにこの駐車場の北側と南側に分かれているから、どっち側か分かるなら近い方に止めると移動が楽だし」
お母さんの説明を、トモミさんが補足した。
成る程、見た限りこの駐車場の南北もそこそこの距離が有るし、反対側となったら移動にそれなりの時間が掛かりそうだ。
今日は日曜と云う事で、広い駐車場も、大分埋まっている。
「……あ、あの子たちじゃない? ほら、向こう側の通路に居る……」
お母さんが指差したのでそちらを見ると、駐車場と通路を隔てる足元の高さのブロック壁の向こう側に、自転車を支えながらキョロキョロと駐車場の方を見渡している3人の姿が有った。
「あ、そうそう、あの3人」
「えっと、……アヤカちゃん、カナコちゃん、シオリちゃんだっけ?」
トモミさんはそう言いながら、その近くの空いていた所にバックで器用に車を入れた。
それも一発で。……お母さんだったら、多分2回は切り返している。
「お待たせー!」
私たちが車から降りて手を振りながら……ミカは大きく振りながら声を掛けると、アヤカたち3人の表情は見て分かる程パアッと明るくなった。
「時間通りだし、全然待ってないよー。連絡も貰ったけど、抑々遅れるものだと思っていたし」
「そうそう、名古屋時間、名古屋時間」
アヤカに続いて言ったカナコの言葉に、ミカと顔を見合わせて笑い合う。
……訊く迄も無かった。
「こんにちは、皆」
……とその時、後ろから元気の良い挨拶の声が聞こえて来た。何でよ。
「あ、ミカとユカリのお母さんですか?」
「うん、トモミです」
「ミカゲです。いつも娘たちがお世話になっている様で、ありがとね」
シオリが訊くと、私たちの横に並んだ2人は自己紹介を始めた。……何でよ。
「いえ、こちらこそ……」
「因みに、どっちがどっちの親か、分かる?」
「……意外性が無ければ」
満面の笑みで訊いたトモミさんに、アヤカが即答した。……でしょうね。
「因みにお母さんたち、うちの学校のOGなんだよ」
「へえー、そうなんだ」
……立て続けに『因みに』を使う母娘……。
「ほらトモミ、長居すると邪魔だから。……じゃあ、うちの娘たちをよろしくね」
お母さんはトモミさんを
「……は、はい……あれぇ?」
……ほら、分かり易くアヤカたちが動揺しているし。
「あ、それでお母さん、迎えに来て欲しい時はどうすれば良い?」
「うん、来る途中にコメダが有ったから、お母さんたちは池の周りを散歩してから行こうかなって思うんだけど。……それで良いよね、ミカゲ?」
ミカとトモミさん母娘の会話に、ホッと胸を撫で下ろす3人。
可愛い。
「ええ、良いわよ。ここまで時間掛からないから、終わってから連絡しても大丈夫よ。……ユカ、練習頑張ってね」
お母さんたちはそう言って、通路を池の方にと2人連れ立って歩いて行った。
「「「……ユカ……???」」」
3人共、その後ろ姿を見送りながらポツリと呟く。……ああ、もう。
「それで、何処で練習するの?」
「あ、うん、こっちの芝生広場……」
そう言ってアヤカが指差したのは、駐車場の直ぐ北側に有る芝生広場だった。
思っていたよりも大分広い。
ただ、やっぱり人も多い。
「人が多いけれど、ボールは使っても大丈夫?」
「うん。念の為に看板読んで確認したけど、ボールについては何も書いてなかったよ」
「それにバスケのパス練だから、そんなに全力で投げたりも無いしね」
念の為の確認にと訊いてみると、シオリとカナコが両手でVサインを作って笑いながら答えてくれた。
そんなものか。
「それにしても、ユカリ、ちゃんとパンツも有るんじゃん」
「ああ、これ。ミカに借りたの。今日は動くから」
「そうなんだ! 昨日の格好も良かったけど、これも似合うね!」
「えっ? ……あ、ありがとう……」
いきなり真正面から褒められると、流石の私も照れてしまう。
ミカから借りた、私にもピッタリな七分丈のパンツ。
「今日はパンツを持っていない貸すのを忘れない様に、午前中は一緒に勉強して、お昼は一緒に食べて来たんだよ! ね!」
「「「え?! 何それズルい!!!」」」
カラカラと笑いながらミカが言うと、3人は声を揃えて叫んだ。
……何これ、ちょっと幸せ過ぎる。
……ホノカさんたちとは学外で遊んだ事が無いけれど、彼女たちと遊ぶとどんな感じなのだろうかと、ふと思った。
今度、一度誘ってみようかな。
芝生広場の程良く空いている場所を見付け、5人で輪になる様に広がって陣取った。
アヤカたちの自転車は、広場の
アヤカが持って来たバスケットボールは、今私の手の中にある。
「じゃあユカリ、私に向かってパスしてみて!」
パス……パス……パス……。
私はボールを右手で思い切り掴んで、肩の上で大きく振り被った。
「ユカリ、ストップ!」
急にストップと言われても止まる事なんて出来なくて、ミカに向かってボールを思いっ切り投げ付けた。
バシィッ!
勢いの付いたボールは、ミカの手に収まる時、乾いた大きな音を立てた。
「良いボール! ユカリ、大分力が付いたね」
周りの反応を見るに私が間違えているのは明白なのに、褒めてくれるミカ。
「小学校の時はこれで良かったけどさ、今だと強過ぎるから、チェストパスにしようか」
ミカが言うと、アヤカたちも笑いながら頷いた。
チェストパス。……聞いた事が有る気はするけれど、どう云うパスなんだろう。
……チェスト……
❤
私が「チェストパスに」と言うと、ユカリは黙って考え込んでしまった。
子供の頃は今の投げ方で丁度良かったからその儘オーバースローでやって貰っていたし、知らないかなとは思っていたけれど、やっぱりだった。
……もしかしたら今、言葉から考えようとしている?
…………『チェスト』って、何だっけ。
「カナコは分かる?」
「勿論!」
「ありがと! じゃあユカリ、今から私とカナコでやって見せるから、見ていてね」
ユカリが頷いたので、両手でボールを胸の前に構えて、前に踏み込んでボールをカナコに放る。
私がふわりとパスしたボールを、カナコは胸元でキャッチした。
それをまた、チェストパスで私に返してくれる。
「ユカリ、見ていた? これがチェストパス」
「ああ、チェスト! 子供や男性の膨らみの無い胸部!」
もう一度カナコにパスしながら確認すると、ユカリは何やら叫んだ。
胸部……今ユカリが言ったのがチェストで、女性のがバストって事かな?
「じゃあユカリ、やってみて!」
そう言ったカナコからチェストパスでボールを受け取ったユカリは、同じ様にボールを胸の前に構えて……。
ユカリがそのまま放ったボールは、私たちの真ん中位で地面に落ちて、テンテンと跳ねた。
……うん。…………投げ終わった後のポーズは良いんだけどな。
「隣で見ていて、腕の力だけで投げようとしていた様に見えたかな」
「うん、手のスナップが効いていなさそうだね」
「ありがとう、シオリ、アヤカ。じゃあユカリ、今度は腕を使わずに、手のスナップだけで隣のアヤカにパスしてみて」
腕を折り畳んだまま手首を動かしたユカリのボールは、今度は彼女の足元の地面で勢い良く跳ねた。
4人でポカンと口を開けて、ボールの行方を仰ぎ見る。
……覚悟はしていたけれど、これは中々手強そうだ。
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