第40話:練習の後の、美味しいディナー。
❤
ユカリがボールを持って立ち上がったのを受けて、練習を再開。
それからも5時頃までパス練習し続けたお陰で、ユカリはどうやらパスの感覚を覚えられた様だ。
駐車場に向かうユカリの動きは見るからにぎこちなく、色々な所が痛そう。
それを変わってあげられる訳も無いので、歩きながら、取り敢えず腕をマッサージしてあげている。
お母さんにはさっきメッセージを送ったので、直ぐに来るだろう。
「……ユカリ、明日は大変そうだね……」
自転車を押しながらついて来てくれているアヤカが、ボソッと呟いた。
それは同感。
昨日の今日で足には筋肉痛が既に来ていただろうに、その下半身と腕を酷使したので、明日は全身筋肉痛が確定している様な物だ。
……それでもユカリは今日、一回も弱音を吐かなかった。
「……でも、皆としっかりと練習した証だから、平気よ」
振り返ったユカリは、平然と言い切った。
……でもやっぱり、私には分かっちゃうんだよな。
頬を綻ばせている私の視線に気づいたユカリは、プイっと顔を背けた。
可愛い。
駐車場側に着くと、直ぐにお母さんの車が交差点を曲がって入って来た。
駐車場に続く道路をスムーズに進むその姿を、ついつい目で追ってしまう。
それは皆も同じ様で、静かな時が流れる。カナコなんか、口を開けて見ている。
道路から駐車スペースに入ってきた車は暫くノロノロと進んでいたけれど、急に動きを速めて、私たちの前に停まった。
「お待たせ」
ブロック壁を乗り越えて車に近付くと、助手席の窓が開いて、ミカゲさんが顔を出しながら言った。
「待っていないよ。早かった」
「うん、近かったからね」
私が答えると、ミカゲさんの奥からお母さんの声がした。
「それでさ。トモミと話していたんだけど、お父さんたちは今日2人共遅いって言っていたから、このまま食べに行かない? コメダの直ぐ近くに、ハンバーグのお店が有ってさ」
ミカゲさんの提案に、私とユカリは二人揃ってコクコクと勢い良く頷いた。
来る時に見たコメダの近くのハンバーグのお店と言うと、あらびきハンバーグとサラダバーが人気の、地元発祥のハンバーグチェーン。
決して安くは無いし、お父さんたちには悪いと思うけれど、こう云う時の私たちには抑々選択肢が無い。
ミカゲさんはそんな私たちを見て笑うと、その視線をアヤカたちに向けた。
「ねえ、良かったらアヤカちゃんたちも行かない? 私たちの奢りで。車には乗り切れないから、自転車で来て貰う事になるけど」
少し声を張って、3人に問い掛けるミカゲさん。
「……良いんですか?」
シオリが目を輝かせながら訊くと、ミカゲさんは笑顔で頷いた。
ガション。
3人は勢い良く自転車のスタンドを立てると、スマートフォンを凄い勢いで触り出した。
……当然3人共、どのチェーンのお店の事か分かっているよね。
アヤカもカナコもシオリも直ぐに芳しい返事が送られて来た様で、目を輝かせながら凄い速さでコクコクコクコクと頷いた。
流石に7人で座れるテーブルが無かったので、お母さんたち2人と私たち5人とで通路を挟んで分かれて座る事になった。
注文を済ませると、お店の人が色取り取りのお皿を人数分置いて行ってくれた。
これが、サラダバーで取って来る為のお皿。
「じゃあ、取りに行こうか!」
「……」
ワクワクしながら隣に座るユカリに声を掛けたけれど、反応が無い。
アヤカたちは、もう行ってしまった。
「ユカリ、行かないの?」
「…………」
……ああ。
「じゃあ、ユカリの分取って来るね」
「……ありがとう。チョイスは任せる」
「任せて!」
流石に両手に持っては来れないので、1人分ずつ、先ずはユカリの分から。
えっと、レタスと、ポテトサラダと、トマトと……。
「はいこれ、ユカリの分」
そう言いながらユカリの目の前に置くと、ユカリはゆっくりとこっちを向きながら、「ありがとう、流石ね」と言った。
既にサラダバーから戻って来ていたアヤカたちの視線が暖かい。
……シオリ、幾ら取り放題とは言え、それは山盛り過ぎない?
ジュワァァァァァァァァァァァ。
お肉の焼ける音を立てながら運ばれて来たお店オリジナルのステーキ皿に乗った俵型のあらびきハンバーグが、お店の人が操る細長いフォークとナイフに依って縦長に半分に切り分けられる。
そしてそのまま切断面を鉄板に優しく押し付けられた事で立ち上った、肉汁が弾ける気持ちの良い音と肉々しい香りが、私を極上の世界に引き摺り込んだ。
鉄板の
「「「「「いただきます!!!!!」」」」」
5人で声を揃えて言うと、お母さんたちのテーブルの方から、押し殺した笑い声が聞こえて来た。
……言っておくけれど、これは立派な、お母さんたちの教育の成果だからね?
両手にフォークとナイフを持って未だにどう食べようか悩んでいる私の横で、ユカリは切り取った一切れを何も掛けないまま口に運んだ。
「そっか、最初はお肉その物の味で!」
私が言うとユカリはモグモグとしながら、幸せそうな顔で静かに頷いた。
そんなユカリに倣って、私も最初は何も付けずに。
次は、切ったお肉をチョンチョンとお塩に付けて何切れか。
最後に、ソースをドバッと掛けて。味の変化が、ひつまぶしみたい。
ほっぺが落ちないか心配になった私は、そうならない様に両手でしっかりと押さえた。
「ね、ユカリちゃんは上達した?!」
食後に取って来たゼリーを突きながら、お母さんは向かいに座るアヤカに訊いた。
通路の向こう側のテーブルに一人残されたミカゲさんも、スプーンでゼリーを弄りながら、そんなお母さんに冷たい視線を送っている。
「あ、はい。パスは正確に出来る様になりました」
そう答えたアヤカは、カットオレンジの皮を剝きながら。
「あら、パスだけ?」
「今からドリブルの練習に時間を掛ける位なら、パスとシュートに絞ろうって事になったんだよ。それで今日は、取り敢えずパスだけって」
「ああ、成る程ね」
補足すると、お母さんは納得した様に言った。
お母さんも、子供の頃のユカリのドリブルのレベルは知っている。
……詰まり、今のレベルを。
「シュートの練習は、学校でやるしかないかな?」
スプーンで掬おうとすると避けるコーヒーゼリーと格闘しながら、ユカリは言った。
「公園で無料で使えるゴールが有れば良いんだけどね」
「アヤカ、ボール持っているんだし、何処か知らない?」
ダメ元で訊いてみる。知っていたら、抑々今日の練習場所として提案しただろうし。
「このボール、元々は兄貴のなんだよね。私たちはたまに借りて、その辺の公園で遊んでいただけで……」
アヤカが残念そうに言うと、シオリとカナコも
「……あれ? バスケのゴール、
……と、そこで思い出した様に声を上げたのは、通路の向かい側のミカゲさん。
「……あ、有ったかも。ナイス、ミカゲ!」
「お母さん……」
親が燥いでいる姿を見られるのは、娘として少し恥ずかしい。
「じゃあ、休みの日はそこで練習するとして、学校でも昼放課にミカに教えられて練習している姿を見せておこうかな。クラスの皆も、元々ミカと私は仲が良かったのは知っているしね」
「うん、分かった」
私の方を見て笑ったユカリに、私も笑い返す。
「えーっと、……ミカのお母さん?」
「私、トモミさん」
「……お母さん……」
カナコの呼び掛けに自分を指しながら自然にそう言ったお母さんに、思わず頭を抱えた。
何だか、さっきからイチイチ恥ずかしい。
「じゃあ、トモミさん!」
「なぁに、カナコちゃん!」
カナコに名前で呼ばれて、嬉しそうに返事をするお母さん。
……もう、顔から火を噴きそう。
「その“にいのみいけこうえん”? って、最寄り駅は何処ですか?」
「えーっと、……どうなるっけ、ミカゲ?」
「野並か、……ああ、鳴子北かな。そこからバスね。駅から歩けなくは無いけれど」
「そっかあ、遠いなぁ。じゃあ、ユカリのシュート練習は任せた、ミカ!」
親指を立ててウィンクをしたカナコに、同じ様にして返す。
……何気にウィンクが出来ていなくて、両眼を同時に瞑ったカナコが可愛かった。
シオリのお皿には、パインやオレンジの皮が山盛りになっている。
「「「今日はご馳走様でした!!!」」」
「良いのよ、うちの子たちがお世話になっているお礼なんだから」
お母さんの言葉にもう一度頭を下げた3人は、「じゃあ、また」と自転車に乗って帰って行った。
「ねえユカリちゃん、ミカ、ちょっとスーパーに寄って行って良い?」
運転席に乗り込みながら、お母さんは後ろの座席に乗り込もうとしている私たちに訊いて来た。
「スーパー? 良いけど、何で?」
「いやあ、スマホで通り道のスーパーの電子チラシを見たら、良いお肉が安くなっていてさ」
「そうそう。それで、お父さんたちにはそれで満足して貰おうかなって」
お母さんに続いて、ミカゲさんも笑いながら言った。
……お父さんたちは、それで無邪気に喜ぶんだろうな。
『お、今日は奮発したな。何か良い事有ったのか?』
とか何とか言っちゃって。
今日は、お父さんが帰って来る前にお風呂に入ってしまおう。
……そう心に決めた私の隣でシートベルトを締めたユカリは、上着をクンクンと嗅いでいた。
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