第36話:食後の一時。



 ジャーーーーー。シャカシャカシャカ。ジャーーーーー。

 食後のお皿を洗っている間、水を流し続けている音が聞こえて来て、どうしても気になってしまう。


「ユカリちゃん、どうしたの?」


 ソワソワしている私のそんな様子を察したのか、ミカのお母さんのトモミさんが心配そうに訊いてくれた。

 ジャーーーーー、シャカシャカシャカゴトッ、ジャーーーーー。

 ……今度は、お皿を流しの中で落とした様な音が加わった。


「まあ、ユカが気になるのは分かるけどね。私も出来る事なら今直ぐ手伝いたい位だし」


 お母さんは、私の内心を察して同意してくれた。


「まあまあ。ミカが自分からやりたいって言ったんだから、自由にやらせてあげようよ。失敗したら失敗したで、それも大事な経験だよ?」


 トモミさんは、カラカラと笑いながらそれに応えた。


「そうだけどさ。……少なくとも、水が勿体無いと思わない?」

「んー、そうとも言えるかな?」


 ジャーーーーー。

 お母さんたちのそんな会話の事などは眼中に無いとばかりに、水の流れる音がクリアに聞こえて来た。

 ジャーーーーー、シャカシャカシャガシャ「あっ」、ジャーーーーー。

 ……『あっ』って何よ、『あっ』って。


「……ユカ、見て来てあげて」

「うん!」

「あはははは」


 お母さんの許可を得て、……トモミさんの笑い声を背中に受けながら流しに向かうと、そこではミカは涙目になりながらオロオロしていた。

 その視線の先を見ると、さっき水を飲んでいたグラスの1つが、見事に割れている。

 慌ててミカの手を確認した処、怪我はしていない様なのでホッと胸を撫で下ろした。


「お母さん、割れてる!」

「やっぱり…。トモミ、新聞……は取っていないか」


 私の報告を聞いたお母さんが、トモミさんに問い掛ける。


「うん。ケイゴはニュースとかスマホで見るから、新聞読まないし」


 そう言ったトモミさんはゆっくりとキッチンに来て、ガムテープとペンを置いた。

 そして、

「はい、これ。テープでくるんで『キケン』って書いて纏めておいてね。不燃ごみで出すから。……本当は丈夫な紙が良いんだけどね」

と言い残し、ダイニングに戻って行った。

 ミカと一緒に、割れたガラスの断面で手を切ってしまわない様、慎重に包んで行く。

 指先に怪我をしてしまったら、この後のパス練が大変な事になるのは考える迄も無い。

 漸く包み終わると、一旦額の汗を拭いながら息を吐く。

 ……それが予め示し合わせた様にミカと揃って、思わず声を出して笑い合った。


「一緒にやってくれてありがと。水道の水に当てながら洗っていたら、泡で手が滑って、水に持って行かれちゃって。水圧かな?」

「うん、多分ね」

「……じゃあ、水道を止めながらやった方が良いのかな?」

「そうかもね?」


 教える前に、失敗を元にどうすれば良いかを考えたミカ。

 失敗は成功の母とはよく言ったものだと思う。

 勿論、失敗してそのままにするのは良くないのだけれど。

 直ぐに修正する方にミカの頭が働いたのは、小さい頃からのトモミさんの教育の成果だろうか。

 欲を言えば、失敗した事への対処も直ぐに出来れば良かったのだけれど、ミカは素直に動揺してしまうから仕方の無い処は有る。


 ……違う話だけれど、私も失敗する前に気付けたら良かった。




「ユカリちゃん、ありがとね」


 ガラスの処理と食器洗いを終えてダイニングに戻ると、トモミさんが笑顔で迎えてくれた。 


「……いえ。グラスを割っちゃって泣きそうなミカが見れたので、良かったです」

「ちょっと、ユカリぃ!」


 叫びながら私の肩を掴んで激しく揺するミカ。

 ……ちょっとお母さん、何を口惜しそうな顔をしているの。


「あ、それでね。さっきナビで確認して来たら、牧野ヶ池まで20分掛からない位だったから、少し混むのを見越して30分位前に出れば良いと思う」


 空気を切り替える様にトモミさんが切り出した。

 さっき玄関の方に行っていたと思ったら、カーナビで調べに行ってくれていたのか。


「10分は流石に取り過ぎじゃない?」

「平針駅前を通るから」

「……ああ、あそこ……。……302を通って、原駅の方を通っても行けるんじゃない?」

「でも梅森坂側だと153を使うんじゃない? 混まない?」

「どうだろ。結局一緒かな?」

「ね? だったら私は曲がる回数が少ない方を選ぶよ。東海通りを折れてから、左折1回で済むもの」

「……まあ、運転するのはトモミだからね。任せるわ」


 ……珍しい。お母さんがトモミさんに言い負けるなんて。

 でも、話を聞く限り道は簡単らしいけれど、自転車で行くとどの位掛かるのかな。

 ちょっと頑張れば行ける距離だったら、アヤカたちと会うのも少し容易になる。

 途中に丁度良い公園が有れば、彼女たちにもう少しこっちまで来て貰えれば尚の事。

 

「任せてー。それでミカ、待ち合わせは何時なの?」

「2時だよ」


 トモミさんの問いにミカが答えると同時に4人揃って壁に掛かっている時計を確認すると、1時30分を指していた。

 勉強を終わらせてから、既に2時間近く経っている。

 割れたガラスの処理が有ったにしても、思いのほか長いこと話し込んでしまっていた様だ。


「ありゃ、もう丁度良い時間ね。それじゃ、2人の水筒だけ用意して、出ようか」


 トモミさんはそう言って、カラカラと笑いながらキッチンに行って冷蔵庫を開けた。

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