第4章:皆で過ごす日曜日

第33話:満点が取れたら。



 ピンポーン。

「はーい!」


 ……玄関のチャイムが鳴った音と、それに反応するお母さんの声が、1階から聞こえて来た気がする。

「……んんん……」

 ……誰だろう……そう思いながらも、お母さんが何も言って来ないので、私は現に戻る事無く夢の世界へとUターンをする。来たのがユカリだったら、お母さんがわたしのなまえをよぶはず………………。




「ねえねえミカさん。今回のテスト、頑張ったんですね」

 ……あれ? ユカリと仲良くしているホノカさんが私に話し掛けてくれた?

 ここは、学校のいつもの教室。

「それに、カナコさん、シオリさん、アヤカさんも」

「そうですね。まさか、4人揃って全教科満点なんて」

 ナオさんとハルナさんもそれに続いた。

 そう、何と私たち皆、満点を取れたの!

「やったわね、ミカ! これで皆に何も言われずに学校でも一緒に居られるわ!」

「うん! 何と言っても、満点だからね!」

 いつの間にか、クラス中の、ううん、学校中の皆が私たち2人を取り巻いている。

「満点おめでとうございます」

「おめでとうございます」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

 皆、拍手をして口々に祝福してくれている。

「やったね、ミカ、満点!」

「うん、満点! 私の満点に、ありがとう! ありがとう、全ての満点!」

「……ねえ、ミカ」

「なあに、ユカリ?」

「……何が『まんてん』なの?」

「…………え?」




 目を見開いた私の視界に、優しく微笑むユカリの顔が、どアップで飛び込んで来た。


「あ、起こしちゃった? おはよう、ミカ」

「……ユカリ、…………おはよ…………」


 私は何とか挨拶だけ返すと、急いでベッドの上で起き上がり、枕元の鏡を見ながら寝癖でボサボサの髪を整える。


「ユカリ、いつの間に?! お母さんに呼ばれていたかな、私」


 慌てて問うと、ユカリは軽やかに笑いながらゆっくりと首を横に振った。


「ううん。昨日はミカが遅くまで勉強を頑張っていたって言っていたから、呼ばずにいて貰ったの。その分、少しくらい遅くなっても良いかなって」


 そう言ったユカリは、「寝不足は勉強の大敵だからね」と付け足した。

 枕の横に置いたスマートフォンの画面を点けると、そこに表示された時計は既に9時半を回っている。

 ……あっ。


「……私、目覚ましを掛けずに寝ちゃったんだ」

「うん。最後の方はもう真面に頭が働いていなかったみたいだしね。見て、このノート。何これ、象形文字?」


 そう言ってユカリが広げたノートのページに書かれていたのは、ミミズが這った様な、どんな天才考古学者でも解読出来そうも無いウネウネと曲がった何かだった。

 ……って、それ!


「やだユカリ! 見たの?!」


 それは、昨日私が頑張った勉強のノート。


「うん、勝手に見てごめんね。夜遅くまで頑張っていたって云うのが本当か確かめようと思って。……本当に頑張ったね。凄いわ」

「そう言って貰えて良かったよ。『これじゃ足りない!』って言われたらどうしようかと」


 そう言って笑うと、ユカリも笑い返してくれた。

 その笑顔は、昔から全然変わらない、無邪気な笑顔。


「まあ、足りないって思ったら、容赦なく叩き起こしていたけれど」


 ……こんな処も、全然変わらない。


「……それで、何が『まんてん』だったの?」


 そのままの顔で、訊いて来たユカリ。


「え? 私、ひょっとして寝言……」

「うん、言っていたよ? 『まんてん』とか『ありがとう』とか。何かホニャホニャと」

「もう! それならいっそ、起こしてくれれば良いのに!」

「言ったでしょ。寝不足は勉強の大敵だからって。それに、寝言を言い出してつい声を掛けちゃったら、直ぐに起きたわよ?」

「え? そうなの?」


 なら、夢の最後の方のあの質問は、ユカリの実際の声だったのかな。


「で、何が『まんてん』で『ありがとう』なの?」


 ……その追及の手は納めてはくれないのね。


「……期末テストで全教科満点を取る夢を見てね。校内の全員が私たち二人を取り囲んで、おめでとうって祝福してくれたから……」

「『私の満点に、ありがとう』って?」

「……うん……」


 ……何でそんな処まで分かっちゃうのよ。


「……まあ、満点にはまだほど遠そうだけどね」

「うう……」


 ユカリはまた私のノートに目を走らせながらボソッと呟いた。

 、健在。


「頑張るのは良いけれど、最後の方、こんな状態になったらいっそ寝ちゃって朝に回した方が良いわね。言っても、テストは未だ結構先なんだし」

「うん、それは今は思う」


 高校受験の勉強の時に、ユカリに口酸っぱく言われて来た事だし。

 今度からは気を付けなくちゃ。


「それに、いきなり満点なんて取られちゃ困るのよ。中間で良かった国語は別として」

「えっ?! 何で?! 頑張っているのに?!」


 何で急にそんな事を言い出すの?!

 ……ユカリとの仲が元に戻ったと思ったのは、気の所為だったの?!

 そう叫びたかったけれど、パクパクと動かした口からは何の音も発されなかった。


「ん、……ちょっと想像してみて、客観的に」

「……客観的に?」


 落ち着いた言葉は、スルリと口から出て行った。


「そう、客観的に、ミカは普通の成績だったとして。……成績が最下位ドベだった人が、急に満点を取ったらどう思う?」

「頑張って凄いなって思う!」


 私が直ぐに答えると、ユカリは悩まし気に頭を抱えた。

 私、何かしちゃった?


「……うん、そうだよね。ミカはそう思うよね」


 そう言ったユカリは、直ぐにクククと笑い出した。

 ……何か、面白かったかな?


「ねえ聞いて、ミカ。あなたは確かにそう思うでしょうけど、他の人はそうじゃないの。特に今の状態だと、クラスの皆はあなたたち4人を下に見ているからね」

「やっぱりそうなの?」

「……そうなの。兎に角、そんな中であなたたちが満点を取って御覧なさい。まず間違い無く、カンニングを疑うわ」


 ……そうなの?!


「でも私、カンニングなんて考えた事も!」

「うん。私はそれを知っているけどね、皆はそうじゃ無いから。まあ実際カンニングで満点なんてそうそう取れる物では無いから、90点辺りも避けた方が良いと思う。実際に目指すのは、赤点ラインの30点よりは上で……、……60点未満位が良いかな」

「……うう、難しい……」


 頭を抱えた私の頭を、ユカリは優しく撫でてくれた。


「それまでに、今ミカたちが4人で放課毎にしている勉強で理解度が増している事を示す事が出来れば良いんだけれど……皆も負けじと自分たちで勉強を始めちゃったから、難しいと思う」

「……そうなんだ。じゃあ、アヤカたちにも伝えないとね」

「うん。メッセージだと今よりも誤解される可能性が有るから、もうちょっと整理してから直接伝えようと思う」

「うん、任せた!」


 カンニング疑惑なんて思いもしなかったし、私だけだとまた取り返しの付かない事になる処だった。

 流石は頼りになるし、これからも頼りにしているよ、“ユカミカ”の頭脳担当!

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