第32話:楽しかった1日の終わり。



 私がアヤカとカナコとシオリの3人にメッセージを送り終わった後も、ミカは暫くメッセージを送るのに悪戦苦闘していた。

 内容を考えるのに時間が掛かっているのでは無く、入力するのに時間が掛かっているのだ。

 私とはそもそもメッセージの遣り取り自体そんなにしないのだけれど、他の友達にメッセージを送る時は、昔からこんな感じ。

 普段の、活発で何でも器用にこなしてしまう姿とのギャップが、また堪らなく可愛いのだけれども。


「……明日も……よろしくね……っと、終わった! 送信!」


 そう言ったミカは、スマホを持った手を下ろすと、ふうぅと深呼吸をした。


「お疲れ様。帰ってから、どうする?」

「帰ってから?」


 声を掛けた私に、ミカはキョトンと目を丸くした。

 しかし、次の瞬間には何かに気付いた様に口を動かした。


「ああ、勉強? ユカリが言っていた最低限じゃなくて、出来る限りしようかな。じゃないと、この後も何かしらのやらない言い訳をしてしまう気がするし」

「うんうん」


 本当に偉いと思う。


「繋ぐ?」

「……んー、今日は止めておこうかな。ユカリも疲れているでしょ? 独りで頑張ってみて訊きたい処はメモしておくから、明日教えてね」

「ん、オッケー」


 それに、気も利くし。

 ……と、大事な事を忘れていた。


「明日と言えば、小母さんには訊いたの? 送って貰えるかどうか」

「あ、そう言えば未だだ。……電話出来たら直ぐなのに……」


 ミカはそう言って、目の高さまで持ち上げたスマホを唇を尖らせながら眺めた。


「じゃあ、私がお願いしようか。明日はパンツも借りたいし、午前中はミカの家で勉強するので良い?」


 私の提案に、瞳を輝かせるミカ。


「わ、良いよ、勿論! じゃあ、お願い!」

「うん、ユカミカの機械担当に任せて!」


 『明日の午前中にミカとそっちのお宅で勉強してから、午後2時からクラスの友達と牧野ヶ池緑地で球技大会の練習をする約束をしているんですけど、可能なら車で送ってくれませんか?』


 送信をすると、スマホは直ぐに震えた。


「お母さんかな? でも早い? アヤカたちかな?」


 ミカの呟きを聞きながら確認すると、小母さんからだった。…早いな。


 『良いわよー! 駐車場、東西両側に有るわよね? どっちが良いの?」


 駐車場の事は決まってから言おうと思っていたけれど、訊いて来てくれるのなら話は早い。


 『ありがとうございます! 東西は分かりませんけど、友達は高針側では無くて日進市を通って梅森坂側って言っていました』

 『良いのよう。そっち側なら、東側ね。後でちゃんと調べるけど、高針側の駐車場の手前で曲がって行く事になると思うから、混まなければ15分位かな? お昼ご飯はうちで食べる?』

『ご飯はまだ何とも。家で食べる心算でしたけど……』

『良かったら食べて行きなさいよ。ミカゲには私から言っておくからさ』

『あ、お母さんに……それじゃあ、お願いします。あ、もうすぐ駅に着くので、後15分位でミカは帰宅します』

『任せてー! もう暗くなっているから気を付けてね!』




 さっきからユカリとお母さんのメッセージの応酬が止まらない。

 お母さんもユカリの事を大好きだから仕方ないけれど。

 お母さんとユカリのお母さんのミカゲさんも私たちと同じ様に、小さい頃から双子の様に育って来たって訊いたし、本当にユカリを自分の娘の様に、……何なら実の娘よりも溺愛している節も有る。

 ……あれ? 『よりも溺愛』って、実の娘が溺愛されている前提の言い方かな?

 …………まあ良いや、事実だし。


 因みにアヤカもシオリもカナコも、私に『ユカリからメッセージ来たんだけど! 何て返せば嫌われない?!』と送って来ていたので『ユカリはそんな事で嫌わないから、思った様に返しなよ』と、ついさっき返信しておいた。

 可愛い。


 ユカリがスマートフォンの画面から漸く目を離した頃、電車は家の最寄り駅に停車した。




 地下鉄の地上出口に上がると、成る程確かに辺りは真っ暗になっていた。


「あ、それで、お母さんは何て?」


 2人共の家が有る住宅地の方に歩き出しながら、ミカが訊いて来た。


「うん、送ってくれるって。……それで、午前中の勉強ついでに、お昼を食べて行かないかって」

「本当?!」

「それで、小母さんがお母さんに連絡してくれるって……あ、お母さんからだ」


 そう言っている間に震えたスマホを見ると、メッセージがお母さんから届いていると表示されている。


「え、何て何て?!」

「うん、ちょっと待って……」


 歩道の脇に立ち止まって、メッセージを確認する。

 ミカも表情を弾ませて画面を覗き込んで来た。


 『トモミが言っていたんだけど、明日のお昼あっちで食べるの? あの子、ユカの事が本当に好きね。私以上じゃない? ……と言う訳で、私も一緒に食べる事にしたから、遠慮しなくて良いわよ。私だって、大好きなミカちゃんと一緒にご飯食べたいんだから』


「……えへへ……」


 私が顔を真っ赤にして動けずにいると、耳元でミカの照れ笑いの声が聞こえた。




 外灯だけが頼りの住宅地を進んで行くと、ユカリの家が近付いて来た。

 ……もう直ぐ、楽しかった今日の1日が終わってしまう。


「ユカリ、今日一緒に来てくれてありがとうね」


 私が声を掛けると、ユカリは足を止めて振り向いた。


「ううん、私も楽しかった。……って、何よ、改まって」

「……何か今日、私ずっと幸せだったから、伝えたくて」


 実際恥ずかしいけれど、ちゃんと伝えないといけないって学んだから。


「……それは、私も」


 ユカリも照れて、頬を掻いている。

 可愛い。


「……じゃ、じゃあ明日は、9時頃に行くね?」

「うん、ちゃんと起きて待っているね」

「寝ていたら、叩き起こすから」

「……お手柔らかに」

「ってそれ、寝ている前提じゃない」

「あ、ダメ、待った、今の無し!」

「ダメです、通りません。一度起こしてしまった事はどんなに悔やんでも巻き戻せないって、学んだでしょ?」

「それは、…………うん」

「私も、反省しているから」

「……え?」

「……何でも無い! ……じゃあ、お休みなさい、また明日」

「うん、また明日」


 私が手を胸の前でヒラヒラと振っているのを見ながら、ユカリは自宅の玄関に消えて行った。

「また明日」

 ユカリが言ったその言葉を胸に家に向かう私の足は、軽かった。

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