第31話:“ユカミカ”。



 明日の予定を決めた私たちは名鉄で名駅メーエキに戻って、そこで別れてアヤカたちは東山線に、私たちは桜通線に乗った。

 この2路線は名古屋の次に今池でも交わっているので、別れを惜しむのならどちらかで一緒に移動してそこで本来の線に乗り換えると云う事も出来なくは無いけれど、……何ならその今池は私たちが学校の登下校で毎日乗り換えている駅なのだけれど……、今日の処は明日の約束も有るし、乗り換えるとどうしても真っ直ぐ行くよりも遅くなると云う事で、それぞれ真っ直ぐ帰る事にした。

 今日は疲れている筈だし、勉強会は止めておくけれど、1回は何かしらの教科書を開く事と云うユカリの指令付き。

 ……一番疲れているのは、ユカリの筈なんだけどな。


「ねえ、ユカリ。アヤカたち皆とID交換したんでしょ? 何か送った?」


 お土産の抹茶カステーラの箱をボーっと見詰めているユカリに声を掛けた。今にでも食べたくて堪らなそうで可愛い。

 帰りの名鉄では同じ車両に他のお客さんが居たからアヤカたちもそんなに騒ぐ事も無く、その代わりにユカリとちゃんとお話をしていた。

 その時にメッセージアプリのIDを交換するのを見ていたのだけれど、私は又それだけで胸が熱くなっていたのだった。

 ……それにしても、いつの間にか無くなっていたフルフル機能が有れば一斉に終わったのに、ユカリが表示したコードを順番に読み取るのは手間そうだった。

 何処に行ったのかな、フルフルさん。


「……え? さっき別れたばかりだし、未だ送っていないわよ?」


 私の質問に、ユカリはキョトンとした顔でそんな事を言う。


「じゃあさ、今日は楽しかったよとか送ったら? 多分皆、ユカリから先に送らないと、送って良いものか悶々として眠れないんじゃない?」

「そうなの、かな?」


 ……全く、この子は。

 対個人となったら、途端にポンコツになるんだから。

 ……クラス内での自分の立ち位置なんかは過不足無く分かっている癖に。


「そうそう、そんなもんよ。あの子たちはね、一見コミュニケーション能力の権化だけれど、補習の時だって、私に話し掛けて良いかずっと迷っていて、……あの時は私だって余り……と言うよりも全然心の余裕は無かったけれど……、見兼ねた私から話し掛けなかったら、仲良くなって無かったかも知れない位なんだから」


 …………あれ? 私、明け透けに話し過ぎていない?

 ……ま、いっか。ユカリだし。


「……へえ、そうだったの。私はてっきり、あの子たちのあのペースにミカが巻き込まれて今が有るんじゃ無いかって思っていたわ」

「まあ、今のあの3人を見ると信じられないかも知れないけれど……。でも一度話して仲良くなると、途端にあのペースになったの。ユカリの場合は、私が居たからそんなに感じなかったかも知れないけれどね」

「……分からない物ね」

「だからさ、ほら、早く送ってあげなさいな」

「……ええ、送らせて貰うわ」


 そう言ったユカリはシュタタッと素早く指を動かしてメッセージを入力した。

 ……何、その動き。私には出来ない。


「……流石は“ユカミカ”の機械担当の方ね」

「ふふふ、懐かしいな、その呼び方」


 “ユカミカ”は勿論、ユカリと私の名前をセットにした呼び方だ。

 最初に言い出したのはお互いの母親で、何でもお母さんたちが未だ学生だった時に朝ドラでブレイクした子役の双子ちゃんの名前を続けて呼ぶのが流行っていたらしく、私たちが生まれた時からそうやって双子の様に育ててくれていたらしい。

 ……だったらユカリも“ユカ”でも良さそうなものだけどって訊いたら、字画が悪かっただとか、何かそんな返事が返って来たと言っていた。

 尤も私は、その消えた“リ”の分が私の中に入っていて、繋がれている気がしていたんだけどな。


 でも流石にそんな呼び方を周りがしてくれたのも、小学校6年の頃までだったけれど。

 その頃から、……親は兎も角……、周りの大人たちは私たちを区別しようとした。

 それは仕方ない。だって、本当の双子じゃ無いんだから。

 それでも、そうだからこそ、私とユカリはあの丸い黒と白のマーク……何て言ったっけ……あの陰と陽のマークみたいにお互いの弱点を補い合って、それ以上の繋がりが有ったと思うんだけどな。

 勿論、この例えが正しいのかなんて、おバカな私には分からないのだけれども。


「……陰陽太極図じゃない? ミカが今思い描いているの」


 いつもの様に、私の思考にユカリが口を挟む。


「あ、それかも!」

「少なくともあの頃の私たちはその在り方で調和していたのだから、間違いでは無いと思うわ。……っと、メッセージはこんな感じで良いのかな?」


 ユカリはそのままの流れで、アヤカとのトークルームに打ち込んだメッセージを見せてくれた。


「……今日の事と、明日の事を書いて……。……うん、良いと思うよ!」

「……良かった。じゃあ、これで送るね」

「カナコとシオリに送る時には、少しずつ変わっていると喜ぶよ、3人共」

「ええ、勿論。大事な友達へのメッセージに、コピペなんてしないわよ」

「……コピペ?」

「…………コピー&ペーストの略よ。文章をそのまま写す事、かな」

「へー、そんなのが有るんだ。……あ、私も送っておかなきゃ」


 誤魔化す様にそう言って、私もスマートフォンを触り出した。

 ……“ユカミカ”以外の略称は、今の私には難し過ぎる。

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