第28話:陽だまり。



 4丁目に集まっている施設は、多岐に渡る。

 病院だとか武術道場、海外に移民した日本人の家とか鉄道の工場、芝居小屋や銭湯なんてのまで有る。


 その中でも文学が好きな私としては、二階に啄木が家族と住んでいたと云う理髪店や、小泉八雲の避暑の家なんて所に惹かれる。

 移民の家とかも、同じ犬山市に在るリトルワールドとはまた違った雰囲気が有って好きは好きなのだけれど。

 ミカは昔から、芝居小屋の呉服座くれは座がお気に入り。賑やかな雰囲気が好きなんだって。

 アヤカたち3人は蒸気機関車を見て「すげぇー」と声を上げていた。


 5丁目には、前にミカが村民登録していた時の、帝国ホテル玄関がある。

 ステンドグラスが綺麗なザビエル天主堂や小さな写真館、レンガ造りの建物も幾つかあったりして、何が言いたいかって言うと、……疲れた。


 大きな上り下りの坂は勿論として、建物の2階に登ったりするのも地味に蓄積されてくる。

 そんな私とは裏腹に、全く疲れた様子を見せていない4人は流石だと言う外無い。

 ……体力作りをしないと、置いて行かれちゃうな。


「あ、ユカリ疲れちゃった? 足は大丈夫?」


 ミカはそんな私の様子を目聡く見付け、声を掛けてくれた。


「ありがとう、ミカ。足は大丈夫。でも、ちょっと休みたいかな」

「うん、休も。帝国ホテルに喫茶店があるから、そこで良い?」


 私が頷くと、少し離れた所で監獄の部屋を一つ一つ確認しているアヤカたちに伝えに行ってくれた。

 二言三言話すと皆心配そうな顔で来て、

「大丈夫?」

「ごめんね、気付かなくて」

「バス停まで帰るの、案内バスに乗る?」

と口々に言ってくれた。


「一通り見終わったし、この後は東京駅に転車台見に行こうかと思っていたんだけど。……もう帰る?」

「ううん、コーヒーを飲んでいるから、行ってきなさいな。私は見た事が有るし」


 申し訳なさそうに付け加えたカナコに、笑顔で返す。

 5丁目を抜けて北門の方に向かうと、乗車体験用の蒸気機関車の駅の一方、『とうきゃう駅』が有り、タイミングが合えば転車台を使って汽車を方向転換させる所を見る事が出来る。

 私は、……それにミカも、謎解きの流れでそっちに行った時にそれを見て感心したものだった。

 ただ、そこに行く迄には、帝国ホテルを越えてから結構な距離が有る。


「私も見た事有るしさ。ユカリは見ているから、3人で行って来なよ」

「……うん、よろしくね。じゃあ、見終わったら帝国ホテルの方に行くね?」

「うん、レポート待ってる!」





 私たちは一旦そこで別れて、ユカリと二人で帝国ホテルに向かった。

 ……さっきから帝国ホテル帝国ホテルと言っていて大人のドラマみたいだけれど、実際にはその玄関だと云う処が、どうしようもなく私たちの話っぽくてこそばゆい。


 帝国ホテル……玄関に入って階段を折り返して上がって行くと、目的の喫茶店に着いた。

 明治村の一方の端に有るからか、休みに来ている人は案外多かったけれど、偶々窓際の席が空いていたのでそちらに案内された私たちは、やっと人心地が付いた。

 注文は、私がアイスカフェオレで、ユカリはブレンド珈琲。

 こんなに疲れている時にホットかな、とも反射的に思うけれど、実際にユカリがカップから飲んでいる姿は優雅で好きだし、昔からそうだから今更ツッコミもしない。


「凄く日差しがポカポカで、気持ちいいね」

「……うん……。……疲れも有って、何だか眠くなる……」


 陽溜まりの中で2人蕩けていると、ドリンクが運ばれてきた。

 私はカフェオレのグラスにストローを刺してチュウチュウと吸う。

 ユカリは手元をフラフラさせながらスティックシュガーを二本入れるとスプーンで搔き混ぜて、一口、二口、とゆっくり啜ってカップを置いた。


「……ごめん、ちょっと寝るね……」

「うん」


 ソーサー毎ずらしてテーブルに置いた手に乗せた顔を横にして寝てしまったユカリと、窓の外の景色を順番に見る。

 子供の頃から見慣れた光景。

 前に家族で来ていた時も、疲れたユカリはここで寝ちゃったっけ。

 ……あの時は、こっちから入って1丁目まで行って謎も解いてから戻って来た後だったけれど。

 またこの眺めを味わえた事に感謝する。

 勿論知的好奇心って云うのも有るだろうけれど、アヤカたちがここに、明治村に来たいって言ったのは、前に一緒によく来ていたと云うのを話していたからだろうな。

 ……ユカリが疲れてこうなるのも、計算済みだったのかな。……まさか。

 グラスを置いてユカリの頬っぺたを突っつくと、もぞもぞして「ん……」と言った後にまた穏やかな顔でスースーと静かに寝息を立てた。

 ふふふ。

 思わず、頬が緩む。

 大人ぶっているユカリの、子供っぽい瞬間。


 どうしよう、写真に撮りたい。


 そう思って衝動的にスマートフォンを構えた時に、メッセージが届いた着信音が鳴り響いた。

 慌てて音を止め、マナーモードにして周囲を見回す。見られていたのではないかと。

 けれどそんな気配は無いので、スマートフォンに目を戻してアヤカから届いたメッセージを確認する。

 1件目は方向転換を終えた後の汽車をバックにした、3人の自撮り写真。

 2件目は『親に頼まれていたお土産買っちゃうけど、そっちは大丈夫? 何か買っておく?』と云うメッセージ。


『あれ? 1丁目にもお土産屋さんあるよ?』

『あれ、そうだっけ。ユカリはどう?』

『ん、寝てる』

『じゃ、のんびり戻るよ』

『うん。ここで待ってるね』

『りー!』


 メッセージの遣り取りを終えた私はスマートフォンを仕舞い、まだ寝ているユカリの顔を見た。

 居ても立っても居られずにもう一度頬っぺたを突っつくと、ユカリは「ん……」と身動みじろぎをした。

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