第23話:名鉄に乗って。



「「「おかーをこーえーいこーうよー♪ くちーぶえーふきつーつー♪」」」


 名駅でユカリのお陰でどうにか間違えずに目的の電車に乗る事が出来た、私たち5人。

 新可児行きの名鉄の赤い電車に揺られて、アヤカとシオリとカナコの3人は、お菓子を開けながら声を揃えてご機嫌に唄っている。

 その表情は車窓の外に見える空の様に晴れやかで、見ているだけでこっちも楽しい気分になって来る。


 他にお客さんが居たら止める所だけど、この車両には何故だか私たちしか居ないから、少しくらい良いよね?


「ふふ、皆、元気ね」


 通路を挟んだボックスシートで盛り上がっている3人を見ながら、ユカリが微笑んだ。


「うん、いっつもあんなだけどね」

「そうね。知っているわ」


 サラッと言った私に、ユカリはサラッと続けた。

 ……ん? 知っているって、いつもを知っているの?

 それって、いつも私たちを見てくれて……。


「あの子たちの声が大きくて、教室中どこでも良く聞こえるもの」

「……だよね」

「……なんてね。この1か月、ずっとあなたたちの事を気にして耳を傾けていたの」


 私のガッカリする反応を見て、ニカッと笑うユカリ。

 本当に、この子は…………。

 でも、その頬が赤くなっているから、ここは引き分けかな。


「でも、久し振りだね、明治村」

「うん、前に来たのは謎解きの時だから、小5以来かな? あの時はお母さんたちに連れて来て貰ってね」

「ユカリがどんどん解いていくの、カッコ良かったな」

「あら、ミカの閃きが無かったら解けなかったのも、幾つも有ったじゃない」

「そうかも知れないけど……。あっ、中学の遠足でも行ったよね?!」


 余裕なフリをして話し続けているけれど、私たち2人の顔は、もう真っ赤だ。

 ……と、さっきまで聞こえていた唄声が止んでいるのに気付いてそちらを見ると、アヤカとシオリとカナコの3人がニヤニヤしながらこっちを見ていた。


「どうしたの? 続けなよ」

「……そっちこそ、歌を続けなよ」



 8時48分に犬山駅に着いて、バス停で10分も待つと明治村行きのバスが来たので、皆でそれに乗り込んだ。

 事前にユカリが調べていてくれた処によると、これに乗ると開村の6分前に着けるらしい。

 昨日のリモート勉強会中に私たちが勉強をしている間に名駅からの移動時間を調べてくれたのもユカリ。

 私たち4人だけだったら、行き当たりばったりで凄く時間が余るか開村から凄く時間が経ってから漸く着く様な事態になっていたに違いない。

 一番後ろの席に皆で並んで座って隣のユカリの顔を見ると、「んっ?」と不思議そうな顔を返して来た。


 走り出したバスは直ぐに市街地を抜け、畑だか田んぼだかに挟まれた道を走る様になった。

 窓を開けると、土の匂いがする。

 何だか緑の匂いもして来たと思ったら、森も見えて来た。


「わあ、凄い! ユカリ、田んぼや畑、木が一杯!」

「本当ね! こんなに沢山生えているの、緑地公園位でしか見ないよね!」


 私が窓の外を指差して叫ぶと、ユカリも同じ様に興奮した声を出した。

 私たちが普段暮らしている所は田んぼや畑なんて無いし、直ぐ近くに緑地公園が有ってそこにも木が沢山生えているんだけれど、やっぱり、そことは趣が違う。

 同じ様に、管理されてはいるんだろうけれども。


 ……と高揚した気分でアヤカたちを見ると、私たちとは対照的に落ち着いている。


「あれ? 皆、田んぼとか森とか、珍しくない?」

「んー、私たちの住んでいる所からだと、ちょっと日進や長久手に行くとよくある風景だから……」

「うん、割りと最近開発された竹の山とかね。前は、ね」

「私たちは知らないけれど、2~30年前のお父さんたちが子供の時、香久山の辺りは草叢だったって言っていたよ?」

口論議こうろんぎ運動公園のプールに行く時も、結構ね?」


 不思議に思った私が訊くと、アヤカとシオリとカナコは口々に言った。

 ……そうなんだ。

 極楽は、って言うか名東区は日進市と長久手市と隣り合っているけれど、市内と市外で大分変わる物なんだな。

 …………っと。


「香久山? って、何か聞いた事が有る気がするけど……」

「春過ぎて夏来にけらし白妙の衣干すちょう天の香久山。持統天皇ね」


 独り言ちた私に、ユカリが間髪入れず続けた。


「あれ? 何だっけ、それ?」

「ほら、“ほすてふ”よ」

「……あ、あの坊主捲りの!」


 子供の頃に私の家族とユカリの家族で集まって坊主捲りをした時に、札に書いてある字を見て、バカみたいに「ほすてふ! ほすてふ!」って喜んでいた私。

 ユカリは、ちゃんとそれも覚えていてくれた。


「……高校生になったんだから、百人一首って言った方が良いわよ? その内に古文でもやるだろうし」

「……うん」


 ……ですよね。


「私もだけれど、ミカもそっちの方に行った事が無いから、耳にしたとすればそれね。何か、ニュースとかテレビで耳にしていれば別だけれど」

「うん、多分、その“ほすてふ”だと思う」


 私が答えると、ユカリはニッコリと笑い掛けてくれた。


「ねえユカリ、その天の香久山? って、どんな意味?」


 横で耳を欹てていたカナコが訊くと、ユカリは「そうね、確か……」と呟きながら3人に向き直り、

「春が過ぎて夏が来てしまっているらしい、真っ白な衣が天の香久山に干してあるのだから。……だったかな?」

と答えた。流石はユカリ。


「なんでその白い衣が干してあると、夏が来た事になるの?」

「うん、それは、夏になると干す習慣が有ったからだったかな」

「おお、流石ユカリ……」


 質問にもスラスラと答えたユカリに、シオリは目を丸くしながら感嘆の声を上げた。


「ありがとう、シオリ。これは、そう云う夏の発見の喜びを素直に詠んだ歌らしいわ」

「へえ……」


 皆の話を聞きながら、私は再び車窓に広がる風景を眺めた。

 少し開けた窓から入って来る爽やかな風が心地いい。

 

 今年は梅雨も未だだけれど、私は何で夏の訪れを知る事になるのかな。

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