第3章:皆で過ごす土曜日

第22話:朝の待ち合わせ。



 土曜日の朝、ユカリと一緒に名駅メーエキの待ち合わせ場所に着くと、皆もう揃っていた。

 「あれっ?」と思って目印の時計を見上げるけど、未だ待ち合わせの8時より15分も早い。

 序に目に飛び込んで来たエスカレーターの向こうの窓から見える空が、とっても青くて眩しい。


「おはよう! 3人共、早いね!」

「あ、ミカ! おっはろ~」

「モルゲン!」

「おはよ!」


 手を振りながら駆け寄ると口々に独特の、でも聞き慣れた朝の挨拶が返って来た。


「へえ、皆普段はこんな恰好なんだね!」


 この3人と仲良くなってから約1か月。

 学校帰り以外にこうして遊びに行くのは初めてだから私服を見るのは初めてだけれど、パンツにスニーカーと、想像していたのよりもずっとラフな格好をしている。


「ああ、違う違う。これは、今日行くのが明治村だからそれに合わせてだよ。ミカだって同じじゃん?」

「……そうなんだ……。私のこれは、普段通り……」


 ……TPOに合わせていたのか。私はいつもこれなんだけどな……。

 服を買うのって、結構するし。


「ふうん、そうなの? でも凄く、ミカって感じで良い!」

「うん!」


 アヤカとカナコの言葉に、溜まらなく嬉しくなる。

 だって、私はずっとこれなんだから。

 ……とそこで、私の後ろに視線を取られていたシオリが、ボソリと呟いた。


「それより今日問題なのは、あのお姫様だよね……」


 お姫様…………言う迄も無く、ユカリの事。

 私はもうずっと見慣れているんだけど、やっぱりそう感じるよね。


「おはよう、アヤカ、カナコ、シオリ」


 ユカリは笑って挨拶をしたが、3人が自分の格好を見ている事に気付くと眉根を寄せて続けた。


「ごめんなさい、今日は歩くのが大変だからとも思ったんだけど、私、こう云うのしか持っていなくて……」


 それはロリィタと言う程の物では無いけれども、私たちの格好と比べると随分とヒラヒラしている。

 ……私はスカートとか余り興味が無いから、何て言うのかは分からないけれど。

 靴も、学校に履いて行っている様なローファー。

 歩き過ぎて足を痛めないと良いけれど。


「昔みたいに、私のパンツを貸せば良かったね。ごめん、気が利かなくて!」

「大丈夫よ」


 手を合わせて頭を下げた私の肩に手を置いて、ユカリは優しく言ってくれた。


「……ミカが起きてから私の服を選んで着替えていたら、皆をもっと待たせてしまっていたし」


 …………優しく。


「……そもそも、私もここに来て皆の格好を見て漸く気付いたしね。私が悪いのよ。……それにしても3人共、まだ待ち合わせ時間より結構前なのに、早いのね?」

「ああ、何か楽しみで、目覚ましより前に目がパッチリ覚めちゃってさ」

「私もー!」

「うん!」


 ユカリの質問に、元気よく答える3人。

 それを見たユカリは、ふっと口許を緩めた。……あっ、この感じ……。


「そう、皆、ミカと逆のタイプなのね。ミカは前日の夜眠れなくて寝坊するタイプなのよ」


 ……やっぱり。

 ユカリのその言葉に、アヤカもカナコもシオリも人目も憚らずに笑い出した。

 ここは待ち合わせの定番スポットだから、周りにはかなりの人数が集まっているんだけどな……。


「そうなんだ! それでユカリに起こされて一緒に来たの?!」

「小学生か!」

「良いなあ、私もユカリに起こされたい!」


 なんて、口々に好き勝手な事を言う。

 まあ、素直に笑ってくれる方が私も気が楽なのだけれど。

 そして、これこそがこの3人の好きな所なんだけれども。


「もう、ユカリ、こうなるのが分かっていて言ったでしょ!」

「ええ」


 頬を熱くして叫んだ私に、ユカリは事も無げに首肯して見せた。

 ……うーん、いけず。


「……移動では迷惑を掛けないように気を付けるから。さ、行きましょ。電車が遅くなっちゃう」


 そう言って歩き出しユカリに私たち4人も従った。

 ユカリは一旦駅ビルから出て、外側から名鉄めいてつに向かう様だ。

 ……また、同じ事を考えていた。

 余り名駅に来ない私は、中から行こうとすると間違いなく迷う。

 ……と言うか、そんなルート有るのかな。

 今度来た時に探検してみよう。

 カナコたちは私たちの後ろを、3人で話しながらついて来ている。



「…………ミカ、残念だったわね」


 暫く歩いて行った所で不意に足を止めたユカリは、振り向きもせずにポツリと呟いた。

 何が…………と訊く迄も無い。

 いつも何かしらのコスチュームで私たちを楽しませてくれるナナちゃんが、何も着ていないのだから。


 昔から私は、名駅に来るとナナちゃんをチェックして、お母さんのスマートフォンを借りて特別な衣装を着ているナナちゃん人形を撮影するのが好きだった。

 ユカリはその事を言っているのだ。


 ここからならと、私はポケットからスマートフォンを取り出してナナちゃんの撮影を始める。

 アーケードの天井に頭が付きそうな位に大きいナナちゃんは、近付き過ぎると全身が入らなくなって取り辛い。

 多少離れている位が丁度良い。


「おお、何も着ていないナナちゃん! 撮ろ撮ろ!」


 アヤカたちも自分のスマートフォンで撮影を始める。

 そう、何も着ていないナナちゃんにはタイミングが合わないとこれはこれで中々会えない。

 市内でも東の方に住んでいる私たちは、行って栄なので、抑々名駅には中々来ない。

 ……アヤカたちは確か、極楽に住んでいるって言っていたっけ。

 …………死んでいる訳じゃ無くて、名東区の地名ね?


 あれ? ナナちゃんは、何でナナちゃんなんだっけ?


「今の名鉄ヤング館が昔はセブン館って云う名前だったから、そこから付いたらしいわよ?」


 ユカリが私の思考を読んで、訊く前に教えてくれる。

 この場合の名鉄は、電車では無くて名鉄百貨店の事。

 ……そう言えば昔も同じ様に教えてくれた気がする。

 …………私は昔から変わらない。


「金時計はやっぱり人が多かったし、ナナちゃん待ち合わせでも良かったかもね!」


 カナコが元気にそんな事を言う。


「……ナナちゃんの股下待ち合わせなんて、嫌よ、私」

「間違いない!」


 率直に言ったユカリに、シオリが同調した。



 思っていた以上にユカリと3人が仲良くなってくれていて嬉しくなった私の顔は、この上無く緩んでいた。

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