第19話:ナイトの本。



「ところでミカ、昨日言っていた“ナイトの本”の事だけれど……」


 乗り換えも済んで学校の最寄り駅に向かう地下鉄の中で、隣に座るユカリは思い出した様に言って来た。

 ……ナイトの本って。


「言ってない! 私、そんな事全然言ってないよ!」


 取り敢えず、誤魔化してみようとする。……のだけれども。

 ……何で私はこんなに嘘を吐くのが下手なのだろう。

 ついさっきも、私の盛夏服姿を誉めてくれたユカリにお返しに褒めようとしたけれど、上手く出来なかった。

 だって、どう考えても昨日までの夏服の方がユカリには似合っていたのだから。

 勿論、同じ日に衣替えしてお揃いなのは嬉しいんだけど。


「それは、う・そ。言っていたわよ」

「……うう……」


 そんな私の努力も空しく、ユカリはあっさりと断言した。

 ……こんなのじゃ、ユカリどころか、その辺の私を良く知らない人さえも騙せないのも分かっては居るのよ?


「今、読んでいるの?」

「……うん……」

「ミカ、……あなた、ナイトって小さい時に絵本で読んだダルタニアンの『三銃士』みたいなのを想像していたんじゃない?」

「ち、違う! 小学校の時に読んだ文庫の三銃士!! …………あっ」


 ……訂正する処を間違えた……。


「……ふふふ。同じじゃない」

「……うん……」


 読み終えてからビックリさせようと思っていたのに、これじゃ無駄に恥をかいただけじゃないの。

 

「でも、ライトノベル位しか読まないミカにしたら、頑張ってるじゃない。ライトノベルも悪く無いとは思ったけれど、色々読めるようになるのは良い事だわ。……いつから?」

「買ったのは、ユカリにあげたライトノベルと一緒に」

「ふうん、そうなんだ。でも、どうして急に?」

「……ユカリがクラスの子と話しているのが聞こえてきて……。なんとかナイトって。それで、それを私も読んだら、ユカリとまた話が出来る様になるかなって。……思って」


 ……なんか、必要以上に曝け出してしまっている気もするけれども。

 でも、私はユカリ相手に隠し事なんか出来ないんだから、良いや、いっちゃえ。

 開き直ってユカリを見ると、何でか口許に手を当てて、少し震えながら向こうを向いてしまっている。

 ……あれ? これ、私の気の所為や思い上がりじゃ無ければ……。


「ユカリ、泣いているの?」

「…………」


 黙ってこっちを見たユカリの瞳は、確かに潤んでいた。


「……そうよ、バカ。で!! それで、どこまで読んだの?!!」


 素直に認めてから必死に話を変えようとしているユカリは、凄く可愛かった。

 ……と。どこまでって、一晩で私が渡した本を読んでしまったユカリに言うのは恥ずかしいけれど……。


「買った日は、ベッドでゴロンして読み始めようとしたら1ページも行かない内に寝ちゃったけれど、昨日は50ページは読めたよ」


 ……50ページ『は』って……。

 とても、自慢気に言えるページ数では無いよね。


「じゃあ、思っていたのと違ったでしょ」

「うん、違った。ダルタニアンは全然出て来なかったよ」

 

 たった50ページで『全然』って言って良いのかも分からないけれども。


「それにあれはシリーズの3冊目だから、人間関係とか少し分かり辛かったんじゃない?」

「え?! そうなの?! 確かに分かり辛かったけど、ああ云う本は、そんな物なのかなと思って読んでいたよ」


 私の答えに、ユカリは少し意外そうな顔をして見せた。


「へえ。なら、そのままで良いのかな? 何なら、シリーズの1冊目から貸してあげようかと思っていたけれど」

「んー、その方が分かり易い?」

「そうだと思うけれど、どうなのかな。私は1冊目から読んでいたから」

「ふーん、そっかあ。……じゃあ、貸して?」


 ……ユカリと同じ様に体験したかったからって云うのは、流石に内緒。


「うん、分かった。帰ったら、家に持って行くね」

「やった! ありがとう!」

「もう、大袈裟よ、ミカ」


 お礼を言うと、ユカリは少し頬を染めて笑った。

 ……全然大袈裟じゃ無いんだけどな。


「あと、ダルタニアンの三銃士が読みたかったら、確か学校の図書室にデュマの原作の和訳が置いてあった筈よ。勿論、小学生向けの文庫と比べると大分難しいけれど」

「そうなんだ! じゃあ、今のやつのシリーズを読み終わったら、挑戦してみる!」

「うん、頑張ってね。私も、こんな風に本の話をミカと出来るのは嬉しいから」


 その不意打ちに、今度は私が顔を逸らして震える番だった。



 その内に電車が目的の駅に着いたので、私たちは並んで降りた。

 ……あーあ。また暫く、ユカリと話すのを我慢しなきゃいけないのか。


 ……少しでも早く、クラスの皆に認められて馴染めるように頑張ろう。


「じゃあユカリ、先に行って。私はゆっくり歩いて行くから」

「……うん。じゃあまた後でね」


 改札を抜けた私たちはそれだけの言葉を交わすと、別々に学校に向かった。

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