第17話:第1回リモート勉強会が終わって。



「いやー、大分進んだよ! ありがと、ユカリちゃん!」

「ユカリちゃんって、教え方上手いね! またお願いね!」

「ほんと、私たちだけだと最初のまま話だけで終わってたかも! 来てくれて良かった!」


 アヤカとカナコとシオリは、満足そうに言うと、「じゃあ、おやすみ!」と手を振りながらログアウトして行った。

 パソコンの画面には、私とユカリだけが映し出されている。


「あ、ユカリ。今日は本当にありがとう。お蔭で私を含めて皆、何とかなりそうだよ」


 私たちの“自分でも何が分からないのか分かっていない質問”の意図をユカリは逐一掬ってくれて、私たちの理解度は今の数時間だけで飛躍的に跳ね上がった。……気がする。

 それ程までに、ユカリの教え方は的確だった。


「……中間の時も、ミカが油断せずに私と勉強会をしていたら、今みたいになっていなかったのにね」

「もう、意地悪! 私も反省しているんだから!」


 私が顔を赤らめて頬を膨らませると、ユカリは口許を緩ませた。

 そして又、ゆっくりと動かした。


「……とも言えないかな、今の気持ちだと」

「え? どう云う事?」

「アヤカさ……、……アヤカとシオリとカナコ。中間でミカが補習を受けて彼女たちと仲良くなってくれていなかったら、多分私、周りの皆に流されて、彼女たちを同じ様に色眼鏡で見ていたと思う。……3人共、凄く素直で良い子たちね」

「でしょ!!!」

「ちょっ、ミカ、五月蠅い!」


 不意に仲良しの3人を誉められて嬉しくなった私の口からは想定していなかった程の大声が出てしまい、ユカリは耳を塞いだ。


「ご、ごめん……」

「ミカと気が合うのも、何だか分かる気がするしね。……悔しいけど」

「……ん? 何て?」


 ユカリの最後の言葉は、電波が悪かったのか何なのか、小さくなってよく聞こえなかった。


「ううん、何でも無い。兎も角、あなたが赤点を取って今みたいになっていると、今は前向きに言えるよ」

「あー。そう言われると、赤点取って良かったかも……」

「ただし! それはそれ、これはこれだからね。これ以上赤点なんて取ったら、私たちはどうなるか分からないんだから!」

「もう、分かっているってば」


 ……うん。それは物凄く良く理解している。

 この1か月、私はずっと後悔の念に押し潰されながら生きて来たのだから。

 それまでの人生の中で後悔した事が無かったので”後悔先に立たず”って云う言葉を軽視していた私は、漸くその意味を理解し、噛み締める事になった。

 今はユカリとこうして学外では少しずつ話せる様になって来ているけれど、前の様になるのには色々と越えなければならない障害が有るし、2度とあんな思いをしない様に、気を引き締めないと。


「ふふ、分かっているのは分かっているわよ」

「……うん」


 微笑むユカリに、訊き返す迄も無く、頷いて見せる。

 だって、私の一番の理解者は、ずっとユカリなんだから。

 ……この1か月間は、私の方がおかしくなってしまっていただけ。


「あれ、素直だ」

「それはそうだよ。だって、迷っている暇なんて無いもん」

「そう……。……そうね。頑張りましょうです、ミカ!」

「そうですね、ユカリ!」


 最近のユカリはとみにしっかりして来ている感が有るけれど、態としてくれたその言葉遣いに、昔に戻れた様な気がして、……絶対に失いたくないと思った。


「……あ、でもね、私の周りの、……例えば、ホノカさんやナオさん、ハルナさんにユズキさんも、悪い人って訳では無いのよ?昔から、幼稚園や小学校の頃からあの学園に通っている内部生だから、少し排他的になっていると言うか、異質な物に警戒してしまっているだけで」

「うん。ユカリが仲良くなる子たちだもん、そうなんだろうね」

「……もう、ミカったら」


 言葉ではそう言いながらも、ユカリは満更でも無い顔をしてくれた。

 大丈夫。分かっている。……私たちは、だったんだから。


 それに、その子たちの気持ちも、分からなくも無い。

 高校受験で進学してきたクラスメートの5人の内、ユカリを除く4人がおバカだったのだから。

 そりゃ「やっぱり」ってなるのは当然だし必然だと思うし。


「その内に、皆に認められて、クラス全員で仲良くなれると良いな」

「そうね。その為に、私も出来るだけ手を貸すから」

「うん、ありがとう、ユカリ」


 私たちを媒介として、球技大会とか、クラス一丸になって楽しめると良いな。

 ……それを思うと、内部生の皆の不満が早めに顕在化してくれて良かったのかも知れないな。


 思い付いた事をユカリに伝えると、

「……そうね。そう考える事も出来るかもね」

と頷いてくれた。


「じゃあ、そろそろ切りましょうか。余り遅くなってもなんだし」

「う、……うん……」


 そのユカリの言葉に、何だか気持ちが落ち込んでしまう。


「……私、毎日今朝と同じ時間に家を出ているから……」


 私の気持ちを感じ取ってくれたユカリは、そう言ってくれた。

 校門に入る前には時間をずらすとは言え、毎日ユカリの登校時間が変わった上で私が着くまでの間隔が同じだったら、意味が無くなってしまうだろう。

 だから……。


「…………うん。頑張って起きる」


 今朝みたいに、スッキリ起きられれば良いのだけれども。

 ユカリは私の顔を見て、楽しそうに笑っている


「楽しみにしているからね。……あ、早めに言っておくけれど、テスト週間中は私たちも図書室で勉強会する事になりそうだから」

「うん、分かった。なるべくそれまでに自分たちだけで何とか出来る様に頑張るね」


 定期テストの1週間前から、『テスト週間』として全てのクラブ活動が停止になる。

 その時間を使って、ユカリたちのグループは図書室で勉強会をすると云う事だ。

 ……とすれば、家に帰って迄私たちの相手をさせてしまうと、ユカリの負担がとんでもない事になってしまうのは、火を見るよりも明らか。

 ユカリの負担には、なりたくない。……もう。


「うん、ありがとう。それまでは、私も出来るだけこっちに顔を出すから」


 そこで一旦言葉を区切って私の顔をジッと見たユカリは、

「それじゃ、おやすみなさい」

と言ってログアウトをした。


「……ふう」


 一人になった私は、人知れず溜め息を吐いた。

 ユカリと話して、私たちの目指す所が、明確になった気がする。

 取り敢えずは直向ひたむきに、それを見据えて頑張ろう。

 前だけを見て。



 ゆったりとバスタイムを楽しんだ私は、もう一度机に向かって、例のナイトの本を少しでもと読み進めた。

 ……何だか今日は、調子が良い。


 ……ってこれ、全然ナイト……騎士様の話じゃないじゃないの。

 ダルタニアンの三銃士みたいな活劇を期待していたのに。

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