第13話:勉強会、開始。



「ミカって、本当にユカリちゃんの事が好きだよね!」


 私たちの第1回リモート勉強会はカナコのそんな一言から始まって、早くも暗礁に乗り上げそうだ。


「バ、バカな事言っていないで、勉強始めるよ!」

「あ、ミカ照れてる~。かぁいいなぁ」


 ついさっきお母さんから勝手に受け継いだ家伝もアヤカには効かず、揶揄からかって来る。


「って言うか、普通に妬けるんだけど!」


 とは、シオリの弁。

 ……全く皆、既に勉強会って云う事を忘れてやいないかね?


 ……まあ、妬けるって言われるのは、吝かでは無いけれど。


「まあ、ミカはユカリちゃんに合わせて勉強して、うちの学校に合格しちゃう位だしね!」

「そ、それは! ……そうだけど……」


 そう云う言われ方をすると、私がユカリにベタ惚れみたいで少し恥ずかしい。

 ユカリと一緒に居ると落ち着くし、ただ、ずっと一緒に居たいと思っているだけなんだけどなあ。


 ……でも。


「皆の事も、大好きだよ?」

「「「ミカァ!!!」」」


 3人の声が揃う。

 ……あれ? 今って、何の為の時間だったっけ?


「そう言えば、私はユカリに誘われてだけど、皆はどうしてうちの高校にしたの?」


 どうせ脱線しているのだし、気になってはいた事を、序に訊いてしまおう。

 3人は、確か同じ中学から来ていた筈だ。とすると、恐らく3人で示し合わせて来たと云う事だろう。

 今の私が言うのも憚られるけれど、3人とも、どう考えても校内の雰囲気には合っていないし、勉強が得意と言う訳でも無い。

 なので、何でこの学校に敢えて? と云う事になる。


「私は、女子校ってのがどんなものか、興味が有って……」


 最初に口を開いたのは、アヤカだった。


「共学だとさ、……ほら、中学とかもそうだったんだけど、やっぱり男子の視線とか意識しなきゃいけないし、疲れるじゃん? 暑くてシャツのボタン外したり足を組んだりすると、凄い見て来るし。女子校ならそんな煩わしさから解放されて、シャツやスカートの中を下敷きで扇ぎ放題だと思ったら……。うちの学校、皆しっかりし過ぎじゃね?」


 そう言って、頭を抱えるアヤカ。

 ……でも、何か気持ちは分かる。

 中学の時、運動した後とかに気持ち良くて手を上に大きく伸びをしたら、男子たちから遠目に腋を滅茶苦茶見られた事はよく有った。

 その時は人の腋なんか見て面白いのかなって思ったけど、今思い出すと、かなり恥ずかしい。

 ……これが成長って事なのかな。……性徴、かな?

 そして今の学校の生徒の皆の殆どは、抑々男子の視線どころか、他人ひとの視線に晒されても何ら恥ずかしくない立ち居振る舞いを常にしている。

 漫画とかで読んだ様な、男子の視線が無くなってだらしなくなってしまうといった類の女子校あるあるが存在しない。

 まるでうちの学校の方がフィクションかと思われる位に。


「私はね、調理クラブに入りたかったから!」


 元気に手を上げてそう言ったのは、勿論シオリ。


「でも、シオリも全然クラブに出て無かったじゃない」

「いやー、頑張って入ったけど一気に落ち零れちゃって、気まずくなっちゃってさ」


 ……うん。私が写真クラブをサボりがちになったのも、……この子たちに遊びに誘われたって云うのも有るけれど、一番は、気まずくなったのが原因なんだよね。

 1年から3年まで含めて、全校生徒で赤点を取ったのは私たち4人だけらしく、一気に『おバカ四天王』として学校中にその名を轟かせてしまったから。

 ……テストの順位のトップの方を掲示板に貼って競わせるのは良いんだけど、漏れなく最下層の赤点ホルダーまで晒すなんて、ちょっとやり過ぎじゃないのかな? ……とは思ったけれども。

 これはこれで、良い見せしめになるんだろうなと、妙に納得してしまった自分が居たのもまた事実。


「今日、久し振りに行ったんだよね。どうだった?」

「んーにゃ、別に何も無かったよ。皆、普通に接してくれたし」

「あー、内心はどう思ってるんだろうってやつ?」

「まぁ、そだね。久し振りに顔を出したのに、誰も何も突っ込まないの。私、空気になっちゃったかと思った」

「皆、気を遣ってくれたんじゃない?」

「かも知れないけどねー」


 いっそ弄ってくれた方が、シオリも楽だったんだろうなと思う。

 私も今日久し振りに顔を出した時、そんな感じだった。

 尤も私の場合は、ユカリっていう緩衝材が有るのも大きいんだろうとは思う。

 ユカリはどうやら庇ってくれていたみたいだし、皆はユカリに嫌われたくはない。…と言うか、ハッキリ言って好かれたい。

 今日のクラブ活動では、そんな皆の内心が手に取る様に見えた。…気がした。

 まあ、分かる筈の無い他人の内心なんて考えても詮無い事だけれどね。

 それで勝手に疑心暗鬼になって。そんな自分に何のメリットが有ると言うのだろう。だったら私は黙って考えるより、話す方を選びたい。

 ……って、ここ1か月ぐらいは臆病になってしまっていたのだけれども。

 ユカリとまた少し話せた今だからこそ。

 ……ううん、話せて以前の私に戻れたからこそ言える事だけどね。


「それで、カナコは?」

「私? 私は、シオリがここにするからって。ミカと同じだよ!」


 私が訊くと、カナコはそう言ってカラカラ笑った。


「それで皆私と同じで、入れた事で浮かれて、見事に赤点を取ってしまったと……」

「「「……うん……」」」


 私の言葉に、3人の声がまた揃った。

 結局、私たちは同じ穴の狢なんだな。

 ……でも、傷を舐め合っている心算とか、毛頭無いのだけれども。

 前に、先生に言われた言葉が蘇る。

 曰く、「ミカさん、貴方は折角ユカリさんと仲が良いのだから、あんな子たちと仲良くしないでユカリさんたちの仲間に入れて貰って、勉強を教えて貰いなさいな。赤点を取ってしまった者同士で傷を舐め合っていても、貴方に良い影響は無いわ」と。

 こんな言葉遣いをするとユカリに怒られるけれど、正直、ムカついた。

 私は仲良くしたくてこの子たちと一緒に居るのだし、何より、ユカリを物扱いされている様で。



 そんな思い出に心を痛めていた時、傍らのスマートフォンが勢い良く震えた。


「ん? 着信?」


 それに目聡く気付いたカナコが身を乗り出して来る。


「誰、誰?」

「ちょっと待って、今確認するから!」


 グイグイ来るカナコをそう言って声で制しながらスマートフォンの画面を改めた私の瞳に映ったのは、ユカリからのメッセージが届いたと云う、プッシュ通知だった。

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