第12話:勉強会の為に。
❤
「ねえ、お父さん」
その日の夕食後、リビングのソファーに座ってバラエティ番組を見始めたお父さんの隣に座って、話し掛けた。
キッチンから、お母さんが食器を洗っているカチャカチャと云う食器の音と、水の流れる音が聞こえて来る。
「何だミカ、そんな猫撫で声を出して。何かお願いか?」
「お願いって言う程じゃ、……やっぱりお願いかな」
そんな声を出していた心算は無かったのだけれど。
気持ち的な物は、やっぱりお父さんは分かっちゃうのかな。
親は偉大だ。
「お父さんのノートパソコンって、リモート? って云うやつは出来るの? 出来るなら、貸して欲しいんだけど」
朝はスマートフォンのアプリで繋いだまま勉強をしようと云う話になっていたのだが、昼放課にお弁当を食べながらシオリが「どうせなら、パソコンを使ってリモートって云う奴やってみない? 皆のうちもパソコン有るっしょ?」と言った為に、自分のパソコンを持っていない私は、お父さんに借りなければならなくなったのだ。
……でも、何と無くだけど、何かがおかしい気がする……。
「ん? リモートで何をする心算なんだ?」
「あ、うん、友達と、リモート勉強会をしようって云う話になって。で、出来るの?」
「ああ、勿論出来るぞ。……けどそれ、スマホのアプリじゃダメなのか?」
「え、スマートフォンの?」
「そう、スマホの。『リモート』ってのはネット上で繋がったまま何かをする事だから、スマホアプリのビデオ通話でも、繋いだまま勉強会をすればリモート勉強会って事になるんだけど……」
……『何か』の正体は、これか。
私たちはどれだけ物を知らないのだろうと、我ながら呆れてしまうな。
「そ、そ、そ、そうなんだけど! ……あ、ほら、私たちは4人でやる心算だから、画面が大きい方が見易いじゃない?! だからさ!」
慌てて取り繕うと、お父さんは愉快そうに、けれど控えめに笑いながら立ち上がって、自分のノートパソコンと電源ケーブルを持って来てくれた。
お父さんの、変に
お父さんがケーブルの先っぽををノートパソコンに繋いで適当な空いている所にコンセントを差し込み、キーボードの上の方に有るボタンを押すと、画面が明るくなった。
「おおっ」
思わず声を上げてしまった。
……ご存知の通り、こう云うのはこれまではユカリの担当で、……難しい事が良く分からない私はユカリに任せっ切りで……、何か有る度に同じ様な間の抜けた声を上げて来たものだった。
…………私、壊したりしないかな…………。
「ねえお父さん、このパソコン、幾ら位するの?」
壊した時の弁償、お年玉の残りで足りるかな……。
と云う私の言葉を聞いたお父さんは、今度は我慢せずにハッハッハと大きな声で笑い出した。
「あら、楽しそうね」
それに釣られて、洗い物を終えたらしいお母さんが、リビングに顔を見せる。
「リモート位じゃ壊れないさ。まあ、動作が重くなったりする事は有るだろうけど、何かおかしいと思った時には、独りで不安に思わないで、呼んでくれれば良いからね」
「あら、パソコン? ミカが使うの?」
「友達とリモート勉強会をするから貸してくれってさ」
「へえ、ガジェット系は全部ユカリちゃんに任せっ切りだった、あのミカがねえ……」
…………お母さんは好きだけれど、揶揄って来る時は、ちょっと嫌い。
「……あら? “友達と”って云う事は、勉強会はユカリちゃんと一緒じゃないの?」
……ぐっ。
「うん。……ほら、私、中間で赤点を取っちゃったじゃない?」
「ええ、5教科で国語以外だっけ」
「あれ? 国語は点が取れたのか。ミカは小説とか読めないんじゃなかったか?」
……ううぅ。
「わ、私だって、ライトノベルとか読むようになっているし、国語のテストは、訊かれた事を文章の中から探すだけだから、パズルみたいで楽しくって」
…………ライトノベルを小説と言うのかはまた置いておく。
数学は公式を、英語は単語やイディオムを憶えているのが前提だし、暗記科目の社会や理科は言わずもがな。
「国語がパズルみたい、か。……お母さんも高校の頃、同じ様な事を言っていたな」
「え? お母さんが?」
「わ、私の事は良いじゃない! それに、私は他の教科も頑張っていました!」
急に話を振られて照れて取り乱すお母さん、可愛い。
……口にしたら怒るから、言わないけれど。
「そう言えば、お父さんとお母さん、高校は別々だったんだよね。どうやって知り合ったの?」
高校からとは言え女子校に行っている身としては、やっぱりちょっと気になる話題だ。
男の子が居ないから、学内で付き合っているとかそんな話は無いだけに。
……有るのかな……。……有るのかも。
そう考えてみれば有りそうだし、有ってもおかしくないか。
「ああ、お母さんとは……」
「私たちの事は良いじゃない! それよりほら、リモート勉強会するんでしょ? お友達を待たせちゃうわよ!」
露骨に話を逸らして来たお母さんに膨れっ面をしてしまうけれど、でも、それもその通りだ。皆を待たせてはいけない。
……お父さんは教えてくれそうだったのにな。
「あ、それで一緒に赤点を取った子たちとやるの?」
「そ。一緒に補習を受けている内に仲良くなって、『今度は皆で補習回避だ!』って」
「ふうん、そうなんだ。じゃあ、ユカリちゃんに置いて行かれない様に頑張らないとね」
……この母親は、妙に勘が鋭すぎる処がある。
ので、ここは家伝、話逸らしだ。
「それでお父さん、どうやってやるの?」
私は、何か一杯アイコンが並んでいる画面を見ながら、お父さんに訊いた。
「ああ、この下の部分がマウス代わりになっているから、スマホみたいにスライドさせてこの左下のアイコンにカーソルを合わせて、左側をダブルクリック……は、分かるよな?」
「……流石にそれは……」
「ただの確認だから、そんな顔をするなって」
ゆっくりとだけど、ブラインドタッチだって出来るんだから。
……まあ、授業でやった事が無かったら、ユカリ任せの私は『ダブルクリック』どころか『クリック』さえ知らなかった自信が有るのだけれども。
お父さんがダブルクリックをすると、何だか色々と書いてある画面が開かれた。
「えーっと……」
「ああ、それでこのボタンをクリックしてキーワードを決めて部屋を作って、お友達にそのキーワードを入力して貰ったら入室出来る」
「……成る程」
……とは言ったものの、理解出来ている自信は無い。
「ねえお父さん、私の部屋で今日だけ一度やって貰って良い?見れば憶えると思うから」
「ああ、良いよ」
お父さんはそう言って一度電源を落としてケーブルを抜くと、私の部屋の机の上でもう一度やって見せてくれた。
勉強を始める約束の時間までは未だ大分有るから、お父さんが見ている前で、自分で電源の立ち上げからやり直してみる。
「うん、大丈夫そうだな。後はアイコンの名前だけ憶えれば一人で出来るな」
「へへへっ」
お父さんの言葉に、誤魔化し笑いをした。
アイコンの下に書いてある名前がアルファベットだったから、ついつい拒否反応が出てしまったのだ。
出しっ放しだった付箋にその名前を書き写して、ペン立ての見える所にペタッと貼っておいた。これで大丈夫。
「お友達が同じソフトをダウンロードしてあるとは限らないから、連絡して確認しておきなさい」
「はーい! ありがとう、お父さん。大好き!」
すっかり機嫌を良くした私が元気に手を上げて言うと、お父さんは「……まあ、余り遅くなり過ぎん様にな……」と頬っぺたを人差し指で搔きながら部屋から出て行った。
……照れていたのかな。お父さん、可愛い。
「……と、そうだ、確認、確認」
スマートフォンを手に取って、4人のグループトークの部屋にメッセージを送る。
皆からの返事は、直ぐに返って来た。
偶然なのかそれともこのソフトが定番なのか、それは兎も角として皆のパソコンに入っているのも同じソフトだった。
私はノートパソコンを操って、リモートソフトの部屋を作って、思い付くままに決めたキーワードを皆に送った。
……と、気を良くしていた私はそこで初めて、自分の仕出かしていたミスに気が付いた。
設定していたキーワードは、6文字で、『Y』と『U』と『K』と『A』と『R』と『I』。
………………そう、ユカリ。
さっきからちょくちょくユカリの事を思い出していたし、浮かぶのはそれは当然なのだけれども。
と言うか、私の人生の大半はユカリなのだから、気を付けなければいけなかった。
そんな私の目の前の画面に表示されたのは、アヤカとシオリとカナコの口許を手で押さえて笑いを堪える顔なのだった。
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