第11話:期末に向けて。
❤
「ねえ、アヤカ、シオリ、カナコ。私さ……」
3人と特に仲良くなってからこの1か月程でお定まりになった朝の個性的な挨拶を済ませて、これも定番になった私の席の周りでのお喋りタイムが始まると、私は、直ぐに話を切り出す事にした。
こう云うのは後になればなる程言い難くなるし、思い立ったが吉日と、直ぐに言ってしまうに限る。
私は元々そうやって生きて来たのだし。
思えば、中間テストで赤点祭りの補習を受けてから、私は必要以上に腰が引けてしまっていた。
実際、頑張ると決めてからも一度は見送ってしまっていた。
この気の良い3人と、もしかしたら疎遠になってしまうかも知れないという思いが、私の決断を鈍らせていた。
でも、こんな中途半端な思いのまま付き合うのも、この子たちに不誠実な気がする。
……今でもその思いは変わらないし、怖いのだけれども。
寝惚けていたのがスッキリと目が覚めた様な今朝の感じと、登校中に交わしたユカリとの言葉が、私に勇気をくれる。
「なに、どうしたの、ミカ?」
「そんな改まって、どしたん?」
「何かな何かなー?!」
3人が私に向ける純粋な瞳が、また私を怯ませる。
昨日までの私は、ここで負けて来たんだな。
でも。
「あのさ、私、期末テストで良い点を取る為に、暫く勉強を頑張ろうと思うんだ」
……言い切った。言い切ってしまった。
私は3人の反応を見るのが怖くて、スカートの裾をギュッと掴んで顔を伏せた。
「……」
「……」
「……」
…………何だろう、この沈黙。
皆からしたら突然こんな事を言い出した私を、どう思っているんだろう。
やっぱり、もう遊べないとか言われちゃうのかな。
そう思って泣き出しそうになった時、私の背中が強い力で叩かれた。
「えっ?!」
突然の事に思わず顔を上げると、アヤカも、シオリも、カナコも、3人とも、ニンマリと笑っていた。
……え? あれ? どう云う感情なの?
「なぁに泣き出しそうな顔してんのさ」
「あれ? ミカ? それ位であたしたちが離れるとでも思ってんの?」
「って言うか、私らも勉強しないとヤバくね? 期末の赤点は夏休みに補習するって言われたし」
「ああ、それにさ、授業中に当てられて答えられなかった時の空気、正直居た堪れなくない?」
……あ……。
「じゃあ、じゃあ、皆で一緒に勉強する?」
それならと、私は提案をする。
それぞれのより良いであろう未来に向かって。
……中間の赤点ホルダー4人での勉強会の効率は、この際置いておく。
ユカリが教えてくれたらな、とも思うけれど、皆の前でそれが出来るような関係性なのなら初めから問題になっていないし、何より、「こんな問題も分からないの」とユカリに思われるのが嫌だ。
……まあ、それは今更か。
抑々の話、私が出来る事はユカリが出来なくて、ユカリが出来る事は私が出来ない様な関係の中で、物心が付いてからずっとやって来たのだから。
そんなちっぽけな私のプライドなんて、ユカリとの関係を繋ぐ為なら幾らでも捨ててやるけれど、ユカリにも体面が有るし、先ずは自分たちでやってみよう。
取り敢えずは、ユカリを取り巻く成績優秀者グループに少しでも近付ける様に。
先ずは、全教科赤点回避。
出来れば、全教科平均点以上。
目標としては、全教科トップクラス。
望みは高く、そして、果てしなく。
ゴールラインを見詰めたまま走っていたら、そこまでしか行けないのだから。
空は、高く高く、何処までも続いている。
「じゃあさ、いつ勉強する?
アヤカが机に頬杖を突いて私の顔を見ながら訊いて来た。
……って言うか、近いよ、近い。
その笑顔は、何だか含みを持っていて…。
……そっか、お見通しって事か。
私がちゃんと向かい合ったからか、一気に距離が近付いた気がする。
よく有る言い方をすれば、『壁を作っていたのは私の方だった』ってやつ。
こんな所で実感するなんて思わなかったよ。
「えっとね、私、ちゃんとクラブに出ようと思うんだ」
私が言うと、皆、ニッと口元を緩めた。
「おっ、ユカリちゃん?」
「……って言うと恥ずかしいんだけど、私がサボっている事で、迷惑を掛けちゃっていたみたいで」
「ああ、そりゃダメだよね。あたしも、ちゃんと行こうかな」
「そうだね。私も、調理クラブ、行く事にするよ」
「シオリは食いしん坊だから毎日行った方が良いんじゃね?」
「ちょっ、茶化すな!」
ちゃんと伝えると、ちゃんと返してくれる。
うん、やっぱり皆大好き。
私の最終目標は、この子たちとユカリとそのグループの人たちと、大勢で遊びに行く事。
その手始めの小さな目標として、期末テスト、頑張る。
……頑張るんだから。
それに、一つ一つの事も、ちゃんとする。
そこから、リスタートするんだ。
「先ずはさ、今みたいな時とか
勉強が不得意な私ではどうするのが一番良いのか分からないけれど、思い付いた事を提案してみる。
目に付く様にしてしまえば、いっそ気になって来るんじゃないかなって。
「お、それ良いねえ。じゃあ、次の時間の予習とか?」
「……うーん、放課だけで出来るかな。予習自体は、前の日の夜にやって来た方が良くない?」
「あー、そうかも。でも私、家でまで独りで勉強出来るかな…」
「じゃさ、家で皆で勉強している時はスマホでメッセージし合えば良いんじゃない?」
「……それ、メッセで盛り上がって勉強が忘れ去られるパターン」
「じゃあさ、……皆の家がwi-fiを引いていたらだけど、アプリのデータ通信の電話を繋ぎっ放しにしておけば、やる気が出るんじゃない?」
「「「あ、ミカ、それナイス! そうしよう!」」」
私の提案に、3人は声を揃えた。
何だか嬉しくて、不自然に頬が綻んで来てしまう。
これは中学の時に、ユカリの提案で2人でやっていた事だから。
「朝は夜にやった内容の確認で、放課は前の授業の復習をして、4人で分からない事は先生に訊きに行くって云うのは? 学校に居る間にしか出来ない事だし」
「おお、ミカ凄い! 冴えてる!」
得意気に続ける私に、カナコは純粋に尊敬の眼差しを向けて来たけれど、アヤカとシオリの2人は不敵な笑みを向けている。
「……って云う風に、中学の時とか、ユカリちゃんと試験勉強していたのかな?」
……うん、バレているって事だよね。
「……そ。ユカリの発案でね」
観念した私が言うと、3人とも机に手を突いて凄い勢いで立ち上がった。
「「「じゃあ、折り紙付きじゃん!!!」」」
「そうよね、私がこの高校に入れた位だしね。……って、こら!」
「あら、賑やかですね。ホームルーム始めるから座って下さいね」
私がノリツッコミを披露した処で担任が入って来たので、目配せをしながら、それぞれ自分の席に着いた。
……よし、期末に向けての土台は出来た。
後は精一杯頑張ろう。
そう、ユカリの処に行く為に。
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