第10話:衣替え。



「そう言えば私、そろそろ盛夏服にしようと思うの」


 ホームに入って来た電車に乗り込んで、それ程混んでいない車内を二人並んで座れる席に向かいながら、久し振りに一緒に登校しているミカに話した。


 ここ1か月位はいつもの時間に家を出ると、ミカのお父さんにしか会わなかったのだけれど、何故か今日はミカも一緒だった。

 ここ最近で見た中で一番スッキリとした顔を朝早くからしていたミカとの邂逅に驚いた私は、何だか失礼な態度を取ってしまった。

 ……気にしないでいてくれると良いのだけれど。

 とは言え、ミカの性質に甘えるのも良くないので、私も気を付けないといけないな。


「え、そうなの? 私も明日からそうしようかなって思っていたんだけど……」


 私の隣に座りながら、ミカが言った。

 「でしょうね」とそのまま口から出てしまいそうになった言葉を、慌てて飲み込む。


「でもどうして? 未だそんなに暑くないし、ユカリの周りの皆、夏服のままなのに」


 そうよね、当然そう思うよね。

 同じクラスで既に盛夏服を着ているのはアヤカさんたち3人だけだし、気候は穏やか。

 普通に考えて、このタイミングで衣替えをする理由なんて、微塵も感じられない。


「そんな気分だから、かな。それに、別に同じグループだからって同じ服じゃなきゃいけない訳じゃ無いし……」


 ……と口にして直ぐ、「しまった」と思った。

 ミカが明日衣替えをする理由は間違い無くそれだし、何より中学3年間、……それに先月頭の夏服まで、私たち2人は示し合わせて同じ日に衣替えをして来ていたのだから。


「……そう、だよね……」


 悲しそうな顔をするミカ。

 これまでの私たちを否定した様な感じに取られちゃったかな。

 ……ただでさえ、最近話せていないのだし。


「あ、違うの、ミカ。同じグループだからとかじゃなくて、……本当の仲良し同士で併せるものじゃない?」

「……本当の仲良し?」


 ……訊き返さないでよ。言うのが恥ずかしくなるじゃない。


「私たちも、ほら、明日から一緒に盛夏服に替えるんでしょ?」


 耐えられずに顔を逸らして言うと、ミカは暫くボーッとした後、ニッカリと満面の笑みを浮かべた。

 ……実際、こんなに言う心算では無かったけれど、こんな事位で私たちの長かった関係に終止符が打たれてしまうのでは詰まらない。

 その糸を繋ぐ為なら、私個人のちっぽけなプライドや恥じらいなんて、クソ喰らえだ。


「へへへ……。ありがとう、ユカリ。私、頑張るね!」


 …………あ。

 一見して、脈絡の無い言葉。

 でもそれだけに、ミカの本心だと伝わってくる。


 ミカはミカなりに、頑張ろうとしてくれているんだ。

 気持ちは、一緒だったんだ。


 その顔を見ていて泣きそうになったので、顔を背ける。


「……ユカリ?」


 不安気なミカの声が聞こえて来た。

 ……って、いけない、これじゃ今のミカの言葉を私が否定したみたいじゃない。


「違うのミカ。……応援、してる……」


 それでもやっぱりミカの顔は見られなかったので、揺れる吊り革を凝視しながら言う事にはなったのだけれども。


「ありがと! 差し当たっては、ナイトの本を、……じゃなくて! 球技大会の前の期末テストかな!」

「……ナイトの本?」

「それは良いから! 期末テストを! 頑張るの!」

「先ずは、赤点を回避する処からかな」

「うっ、そんな処、軽く飛び越えて見せるんだから!」

「ふふ、期待しているよ」


 そんな話をしている時に乗り換え駅に着いたので、2人並んで電車から降りた。


 やっぱり、こんな感じでミカと話していると気持ちが安らぐ。

 2人切りでもギクシャクせずにこんな風に話せて、本当に良かった。

 ……ミカのお陰ね。借りが出来ちゃったな。


 でも、さっき一瞬口にした『ナイトの本』って、何だろう。

 最近の本で、ナイト…………。


 ……


 …………


 ………………


 ……………………もしかしてこの子、カタカナのタイトルだけで、『仮面の夜』を『仮面の騎士』だと思っている?


 何だかいかにもミカっぽい話で、そう考えたら楽しくなって、笑いが込み上げて来る。


「どうしたの、ユカリ。何だか楽しそうだね」


 自身も楽しそうな声でミカが言って来た。

 「あなたの事よ」と言う訳にもいかず、私はただ、ニッコリと笑顔を返した。

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