第9話:久し振りの風景。



「それじゃお母さん、行ってきます!」

「行ってくるよ!」

「はーい、行ってらっしゃい!」


 お父さんと一緒にキッチンで洗い物をしているお母さんに声を投げ掛けて、外に出た。

 今朝は良く晴れていて、日差しが眩しい。

 けれど、何だか爽快感を覚えるのは、きっと天候の所為だけでは無いのだろう。


「良い天気だね、お父さん」

「ああ。今年は梅雨入りが遅れているらしいからね」


 私が言うと、お父さんも空を見上げて、眩しそうに手で庇を作りながら目を細めた。


 ……そう。

 毎年この時期はヤキモキして、てるてる坊主を大量に生み出していたものだ。

 小さい頃、その為に買い置きのティッシュを一箱空にして、お母さんに怒られた事も有った。

 それからは、自分のお小遣いでティッシュを買って来る様にしたっけ。

 どうしても毎月のお小遣いを使い果たしてしまう私は、5月になってやっとそれに気付き、プレゼントの事も有ってお母さんに頼み込んで、お手伝いをする度にお小遣いが貰えるシステムにして貰った。

 だから私は、毎年5月頭から6月頭までの約1か月間、やたらとお手伝いをする良い子になる。

 ……いや。お小遣い目当てだから、別に良い子では無いか。


 誕生日に雨が降っている事が多かったユカリは、毎年誕生日が近付く度に、悲しそうな顔を空に向けていた。

 そんなユカリの顔を晴れさせる為なら、どんなお手伝いも平気だった。

 結局、私のてるてる兵団は負け越していたけれども。


「あ、おはよう、ユカリちゃん」


 お父さんの言葉に、胸がドキッと跳ねた。


「おはようございます、小父さま。……と、ミカ?!」


 笑顔でお父さんに挨拶を返したユカリの顔が、信じられない物を見た様な表情に変わった。

 確かにユカリと一緒に登校していた時も迎えに来て貰っていたけど、それにしてもちょっと驚き過ぎじゃない?

 ……我ながら今日の目覚めの良さに驚いてはいるけれど。

 …………じゃあ、仕方ないか。


「あ、おはよ、ユカリ……」

「お、おはよ……」


 挨拶を交わしても、未だ茫然としているユカリ。

 ……積み重ねって怖いな。

 これ以上呆れられる前に、ちゃんとしないと。


「ユカリちゃん、今年のミカからのプレゼントはどうだった?」

「ちょ、ちょっと、お父さん!」


 もう、いきなり何を訊き出すのよ。


「はい、凄く嬉しかったです!」


 慌てる私を横目に、ユカリはニッコリ笑って言った。

 ……あれ、この顔は、嘘では無い?


「そうかい。良かったな、ミカ」

「う、うん……」


 豆鉄砲を喰らった鳩の様な目をしているであろう私をちらっと見ながら、ユカリは肘を曲げて鞄を持ち上げた。

 ……って、あれ……。


「うん、ありがとうね、ミカ。これすっごく好き」


 その持ち手には、私がプレゼントしたぬいぐるみバッジがぶら下がっていた。

 ラッピングして貰った箱に入っていたやつ。

 ……良かった、ユカリの好みは変わっていなかったみたい。

 ユカリが好きだって分かっているキャラクターの物では無くて、ショップのオリジナルの物だったから、貰って貰えるかとはまた別の処でドキドキしていた。

 それをお店で目にした途端、私はそれに一目惚れをして、プレゼントにそれ以外の物は考えられなくなっていた。

 ……私が可愛いと思った物を、未だユカリも可愛いと思ってくれるかどうか。

 それがちょっと怖かったけれど、これにして良かった。


「どういたしまして!」


 そう言った私の声は、いつに無く弾んでいたと思う。 




 駅に着いた私たちは、反対方向の電車に乗るお父さんと別れて、ホームに2人並んで電車を待った。


「そうそう、一緒にくれた、ライトノベル? あれ読んだよ」

「え、もう?」


 ユカリが不意に話し掛けて来たその内容に、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

 ……私は読もうとした本を、1ページも読めなかったのに。


「うん、面白かったから、一気に読んじゃった。ライトノベルって良く分からなかったから読んでなかったけど、中々良いね」

「でしょっ! へへへ……。とは言っても、私も読み始めたのは高校に入ってからだから、そんなに詳しくないけどね。ユカリの好きそうなのを知っていて良かったよ」

「そう言えばそうだっけ……。読み始めたの、何か思う処でも有ったの?」

「んー、SNSでフォローしている人が紹介していて、面白そうだったから?」


 ……本当の事は言えないよ。

 ユカリと本の話がしたくなって、……本が読めない私でも、ライトな物なら行けるんじゃないかと思って読み始めたなんて。


「……ふーん?今までどれだけ私が勧めても本を読まなかったミカが?」

「もう、そんな意地悪な事言わないでよ!」

「ふふふ、冗談よ。大分読み易いものね。これならミカも、寝ちゃわずに済むんじゃない?」

「……もう、また!」

「あははは!」


 そんな遣り取りでも、ユカリと普通に話せている事が嬉しかった。

 一緒に登校しなくなって実際は未だ1か月も経っていないのだけれど、何だか、とても懐かしい気がした。

 そして……。

 やっぱり、ユカリとの冗談交じりの遣り取りは心地が良い。

 

 ……教室でも、少しでもユカリに近付ける様に頑張らないと。

 うん、頑張ろう。


 私は手をグッと握って、改めて自分に誓うのだった。

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