第2章:心機一転
第8話:6月10日、朝。
❤
カーテンの隙間から洩れて来る朝陽に優しく起こされた私は、ベッドの上で体を起こすと、大きく伸びをした。
何だろう、1か月位振りの、爽やかな目覚めだ。
何となく、その原因は分かっている。
昨日の、別れ際のユカリの表情。
……あれだけで、心底からは嫌われてはいない事が感じ取れたから。
こうして改めて考えてみると、我ながら単純過ぎて、少し
と、大きく挙げている右手が、少し重いのに気付いた。
寝る前に読んでいた本を持ったままだったのだ。
……『寝る前に読んでいた本』と言うか『私を寝かし付けた本』と言うかの問題は、今は一旦置いておこう。
慌てて確認して見たけれど、取り敢えずクシャクシャになってはいなさそうなので、ホッと胸を撫で下ろした。
いつか読み終わった時、「これ読んだんだけどさ」とユカリに話し掛ける時にヨレヨレだと少し格好悪い。
……その時の事を思うと、少しワクワクして来る。
今まで私がこう云った本を読んで来なかったのを知っているユカリは、どんな顔をするのだろうか。
雷が落ちた様な衝撃を受けながら、「ミ、ミカがその本を読んだんですって?!明日は槍でも降るのかしら!!」とか言うのかな。
……それは流石に酷いな、ユカリ。
まあそれも、私がこの本を攻略出来てからの話だ。
恐らくだけど、読んだって言ったら、内容の話になるだろうし、書いてある文字を一通り読むだけでは無くて内容もちゃんと理解しなくてはならない。
ユカリに言われた事で分からない事が有るのは、口惜しいしね。
……読むだけでも一苦労なのに。
ライトノベルは普通に読めるのに、本当に、この違いは何なんだろう。
抑々ライトノベルと一般文芸の違いは何だろうかと考えても見たけれど、一般の本を読んでいない私の頭にはそのカタカナと漢字の字面の違い位しか思い浮かばない。
取り敢えず小学校から今まで国語の教科書に載っていた範囲で言うと、重厚なのや、思わせ振りに書いてあるのが一般文芸なのだろうか。
……うん、毎日、少しずつでも読み進めて行こう。
…………取り敢えず、ベッドには寝っ転がらないで。
私が戦うべき物は、この本だけじゃ無いのだし。
ピピピピピピピピピピピピピピ…………。
机の上に置いていた目覚まし時計が部屋中に響く程のけたたましい機械音を鳴らし始めたので、慌てて手で耳を塞ぎながら、ボタンを押してその音を止めた。
それと同時に、充電器に繋いだままのスマートフォンもアラーム音を鳴らし始めたので、画面をタップして止めた。
……そう言えば、……少なくともユカリと一緒に登校しなくなってから……、目覚ましよりも先に起きるのは初めてかも知れない。
いつもならアラームはスヌーズにして又ベッドにモゾモゾと潜り込んで、スヌーズ3回分は惰眠を貪っているのに。
………『惰眠』って分かっているのなら、何とかしなさいよ、私。
なんて、そう思えるのは今朝の目覚めが爽やかで、頑張ろうとしているからかな。
いつまでもパジャマを着ていないで、制服に着替えてしまおう。
そう思ってクローゼットを開けると、金色のボタンが印象的な白いブラウスが寂しくハンガーに掛かっているのが見えた。
一瞬、それを着るアヤカたちの顔が浮かんだけれど……。
……あなたは明日から着てあげるから。
……今日は、……今日だけは……、……夏服で行くね……。
「おはよう、お母さん。……と、お父さん」
「……あれ、おはよう、ミカ。今日は早いのね……」
「……ああ、おはよう、ミカ」
私がダイニングに降りて挨拶をすると、お父さんとお母さんは目を丸くしながら挨拶を返して来た。
……その反応になるのも分かるけどさ。
因みにお父さんへの挨拶まで間が開いたのは、嫌っているとかそんな事では全然無くて、最近私が起きる頃にはもう会社に向かって家を出ていたので、すっかり忘れて朝は居ないものだと思っていたから。
誓って、他意は無い。……念を押すと却って怪しく感じられてしまうかも知れないけれど、お父さんとは普通に仲良しだから。
「ミカと朝に会うの、何だか久し振りだな。さ、座りなさい」
お父さんはそう言って、私の席の椅子を引いてくれた。
ね、仲良し。
私が椅子の所に行くとお父さんはそのまま椅子を押してくれたので、恭しくお辞儀をしながら座った。
「最近寝起きが悪かったみたいだけど、今日はどうしたんだ?」
お父さんは自分の席に座ってテーブルに置いてあるスマートフォンを弄りながら、訊いて来た。
ニュースとか見ているのかな。
……スマートフォンが無かった頃は、朝の情報収集は何でしていたんだろう
新聞とかかな?
それだと顔が見えなくて、何か嫌だな。
「ほら、昨日はユカリちゃんのお誕生日だったから、それでじゃないの?」
「ちょっ!」
思わず赤面して大声を出してしまった。
ちょっとお母さん、当てて来ないでよ、まるで私が単純みたいじゃない!
……って、ついさっき、自分でもそう思ったばかりだけどさ……。
「ああ、そうだったな。ミカ、プレゼントは喜んで貰えたのか?」
お父さんは優しい目をしながら訊いて来た。
その為のお年玉貯金を銀行で下ろして来てもらったから、当然お父さんは今年もプレゼントしようとしていた事は知っている。
何をプレゼントするか迄は言っていないけれども。
「……うん、喜んでくれたよ、ユカリ」
「「そう、良かったね、ミカ」」
私が頬を赤くしながらボソリと言うと、両親は声を揃えた。
ユカリのあの反応から、そう言っても自惚れでは無いとは思うけれど、ラッピングをして貰っていた物に関しては、どうだろう。
自分の部屋で開けて、喜んでくれていると良いな。
……って、ちょっと、そんなにニヤニヤしながら見ないでよ。
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