第6話:忘れていた訳じゃ…。



 写真クラブのクラブ室として使っているAV教室に顔を出した私は、ここでも同じクラブの同級生や先輩方に囲まれて、プレゼントを手渡された。

 どれも丁寧にラッピングされているけれど、薄い長方形の物が多いから、皆フォトフレームで被ってしまっているかも知れない。

 もしそうだったとしても、飾りたい写真は沢山有るから、素直に嬉しい。


「皆さん、ありがとうございます!」


 そう言って頭を下げると、皆とても嬉しそうな顔をしてくれた。

 ……でも、ちょっと困った。

 只でさえバッグはパンパンなのだし、どうやって持ちかえれば良いのだろうかと。

 プレゼントの中には紙袋に入っていたのも有ったので、それを使えば入らない事も無いとは思うけれど、それにしても私には重過ぎる。

 帰り掛けに一度教室に寄って、或る程度はロッカーに置いて行って、明日持ち帰る様にでもしようかな。


「あ、ユカリさん。今日は、ミカさんは?」


 パソコンで写真の整理をしていた部長が、私の方に身体ごと振り向きながら訊ねて来た。


「……あの、大事な用事が有って、来られないそうです……」

「そう、今日もなんだ……」


 部長はそう言って溜め息を吐くと、再びパソコンに正対してキーボードとマウスを操り始めた。


 ……毎回訊かれる方の身にも、なってくれないかな。

 休むなら休むで、部長に一言言っておきなさいよ、ミカ。

 まあ、『大事な』用事と云うのは、私の中では決して嘘でも誇張した表現でも無いのだけれども。

 ミカがあの3人と遊ぶのは、仲良くなるのは、悪くは無い事だと思っている。

 アヤカさんたちが居なければ、ミカは私との間に溝が出来た事でクラス内で孤立して、今よりももっと精神的に追い込まれていたのかも知れないのだし。

 そう云う意味では、彼女たちには感謝をしても居る。


 ……ただ、それとこれとは、別なの。

 あまり、ミカを悪い方向に連れて行かないで欲しい……。

 



「皆、このプリントを見てくれるかな」


 教室の前に立った部長は、先頭に座っている先輩方にプリントを数枚ずつ渡すと、教壇に手を置いて言った。

 前から回ってきたプリントを、自分の分を取って後ろに回すと、その内容に目を向けた。


『7月の球技大会に向けて』

 一番上にそう記されたプリントには、写真クラブとして球技大会の撮影を何人毎のローテーションでするかの予定が書いてあった。

 その表は学年ごとに分けられてはいるが、球技の内容は括弧が書いてあるだけで、その中は空白である。


「一応ね、写真クラブとして撮影しなきゃならないんだけど……。競技名が空欄なのは、これから生徒会と学級委員会で決まるからだよ。入力し忘れた訳じゃ無いよ」


 ……そう言えば昨日の朝のホームルームで、クラスとしての球技の希望を決めたっけ。

 因みに、私のクラスは第1希望が卓球、第2希望がバスケットボール、第3希望がサッカーだった。


「それで、選手になった場合は自分のクラスの試合の時とかは撮影が出来ないから、基本的にはそれ以外の皆で撮影する事になるんだけど……」


 ……それなら、私は撮影係だな。

 私は球技が、……と言うか、スポーツ全般が苦手なのだし。

 ミカは、……卓球は兎も角、バスケやサッカーなら活躍するだろうな。

 身体を動かすのは昔から得意だし。……ただ、選ばれればだけれども。

 どうなるかは分からないけれど、今のクラスの雰囲気だと、アヤカさんたちと一緒に押し付けられる気もする。


「まあ、まだ来月の事だし詳細は全然決まっていないけどね。撮影係が有るって事だけは覚えておいてくれるかな」


 部長が皆の顔を見ながら言うと、皆「はーい!」と素直な返事をした。




「あ、ユカリさん。ミカさんの分もプリントを渡しておくから、伝えてくれるかな」


 下校時刻になったので荷物を持って視聴覚室を出ようとした私を、部長は引き止め、プリントを差し出して来た。

 それを受け取り、「はい」と頷いた私は、一旦自分の教室に向かった。


 今日は置いて行く事にした分の皆からのプレゼントを教室でロッカーに入れた私は、小さく溜め息を吐いて、ミカの席に目を遣った。

 念の為に自分の机の中を、目を瞑ってえいやっと両手で探ってみたけれど、指に触れる物は何も無い。

「……まあ、そうだよね、ミカ、私より先に教室を出ていたものね」と、自嘲した。


 ……ミカからのプレゼントが無い事位、寂しくなんか無いんだから。


 部長から受け取ってから手に持ったままだったプリントに、力が入って皺が寄る。

「……あ、いけない……」

 そのクシャっと云う音で自分を取り戻した私は、プリントとミカの席を順番に見た。

 ちょっとしたメモ書きを添えて机の中に入れておけば、一応、形だけでも部長からのお遣いは終わる。

 ……でも……。

 そのまま暫く考えた私は、鞄を開け、その中の適当なノートに挟んだ。




 大分日が長くなって来たとは言え、家に帰る頃には、太陽は直ぐにでも地平に姿を隠そうとしていた。


 ……と、あれは……?


 うちの前で、私の部屋の辺りを見上げながらポツンと立ち止まっている人影を見付けた。


「……ミカ……?」


 私が呼ぶと、その影は「ユカリ……」とポツリと呟いて、こちらに向き直った。

 まだ制服を着ていると云う事は、学校帰りにそのままカラオケに行ったのだろうか。


「ミカ、今日もクラブ休んだでしょ。毎回訊かれるこっちの身にもなってよね」

「あ、ごめん……。これからはちゃんと行くから……」


 つい強めに言ってしまった私に、ミカは歯切れ悪く謝って来た。

 ……まあ、良いのだけれど。

 私はプレゼントの詰まったバッグを自分の後ろに置くと、鞄を開けてプリントを取り出し、ミカに押し付けた。


「これ、今日のクラブで配られたプリント。来月の球技大会で写真クラブとして撮影係の仕事が有るから、憶えておいてって」

「あ、ありがと……」


 ミカはそう言うと、プリントを眺めた。

 ……自信が無さそうなミカを見ていると、ついイライラしてしまう。


「私からの用はこれだけだけど。……あなたは、何でうちを見ていたの?」


 言葉の棘が刺さったのか、ミカはビクッと身体を震わせた。


「えっと……、これ……」


 そう言ってスマートフォンを取り出したミカが指をその上で滑らせた時、私のそれが鞄の中でブブブと震えた。

 ミカを見ると軽く頷いて来たので、鞄からスマホを取り出して確認した処、ミカからメッセージアプリで動画が送られて来ていた。


「何、これ?」

「実はさっき、アヤカたちとカラオケに行っていて……」


 再生した動画からは、聞き覚えのある前奏が流れて来た。


「あれ、これ……」


 それは、5年程前、まだ小学生だった時に二人で観ていたアニメの中で使われていた、バースデーソングだった。

 ミカの歌声が、優しく響いて来る。

 ……涙が出そうになるのを堪えながら顔を上げてミカを見ると、ミカはにっこりと笑って、

「ハッピーバースデー、ユカリ!これ、今年のプレゼント」

と、私好みに綺麗にラッピングされた箱を私に差し出した。

 私がぎこちなくそれを受け取ると、「後ね……」と言って、鞄から本屋の袋を取り出した。


「はい、これも!」

「これは……?」


 受け取って眺めて見たけれど、袋の色が濃くて、中身までは確認出来ない。


「えっと……、……最近ユカリ、クラスの子たちと本の話をよくしているじゃない?それで、さっきアヤカたちと本屋に寄った時、ユカリの顔を思い出して……」

「ミカ……」

「でも私、普通の本って、良く分からなくて……。だから、前に私が読んで面白かった、……ライトノベル……、なのだけれども……」


 ミカの説明を聞きながら、中の本を取り出してどんな物かと見てみる。

 カバーには、自転車に腰掛けてこちらを物憂げな表情で見ている女の子のイラストが描かれていた。


「でも、その中でも、ユカリも好きそうなのを選んだから……」


 裏に粗筋が書いてあったので目を通してみる。

 確かに、私の琴線に触れそうな感じがした。

 …………。


「……ありがとう、ミカ……」


 色々と押し殺しながらそれだけを伝えると、ミカの頬を、涙が伝った。


「ちょっと、どうしたのよ、ミカ!」

「……え? ……あ。…………へへ、ごめん、今年は渡せないかもと半分諦めていたから……」


 私の言葉で初めて自分が泣いている事に気付いたミカは、慌てて手の甲で涙を拭った。


「何よ、泣くほど心配なら、学校で渡せば良いじゃないの」


 そう言った私に、ミカはかぶりを振る。


「だってユカリには他の友達が出来ているし、私は今こんなだし……」


 言い掛けたミカは慌てて、

「と、とにかく、渡せて良かった! ハッピーバースデー、ユカリ!」

と話を打ち切って身を翻し、走って行ってしまった。


「ミカ……」


 私はその後ろ姿が見えなくなってからも暫く、ミカからのプレゼントを抱き締めていた。

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