第5話:ハッピーバースデー、私。



 『ジリリリリ、朝だよぉ~、起きて! ジリリリリ、朝だよぉ~、起きて!』


「んっ……」


 喧しく叫び続ける目覚まし時計に叩き起こされ、欠伸をしながらベッドの上で大きく伸びをした私は、枕元の棚で尚もけたたましく叫び続けるネズミのキャラクターの頭を押し、部屋に静寂を取り戻した。

 その隣に置いてあるスマホを充電器から外し、電源を入れる。

 未だ寝ぼけている眼でボーっと暫く見ていると、その内に立ち上がった画面に、今日の日付と今の時間が表示された。


「……ハッピーバースデー、私」


 スマホを持って画面を顔から離す為に目一杯伸ばしていた手を、ポフッと布団に預け、独り言ちた。

 画面に表示されている日付は、6月9日。

 今日は、私の16回目の誕生日だ。


 因みに今さっき止めた目覚まし時計は、6年前の今日、大切な幼馴染がくれた物だ。

 枕元に置いてあるウサギのぬいぐるみは7年前に彼女がくれた、机の上に置いてある鉛筆立ては10年前に手作りしてくれた、部屋の隅のラックに掛かっているキャスケットは去年くれた……。

 他の友達がくれた物も置いては有るけれども、彼女がくれた物だけは何年前の物かも含め、ハッキリと思い出せる。

 ……後で小母さんに聞いた話だけれど、ウサギのぬいぐるみや目覚まし時計の時は特に頼み込んで、お手伝いを沢山してお小遣いを貯めてくれたらしい。

 ウサギの赤い目と見詰め合いながらその時の気持ちを思い出した私は、一瞬、むず痒い様な気持ちになって身動ぎをした。

 ……けれど……。


「……今日は本当に、ハッピーになるのかな……」


 思わずそう呟いた時、階下からお母さんが「ご飯よー!」と呼び掛けて来たから、もぞもぞとベッドから這い出て、食卓に向かった。



 地下鉄を乗り継いだ私は、学校への道を歩いて行く。

 その途中で、何人かのクラスメートが挨拶をしては、先に行ってしまう。

 ……ミカと一緒に居る時は感じなかったけれど、私はどうやら、歩くのが他の人よりも遅いらしい。

 大通り沿いを左折し、住宅地の坂を下って行くと、私たちの高校が姿を現す。


 松浦女学園高等学校。

 幼稚園から大学までが有るこの学園では、大学への推薦入学制度も確立されている。

 中学の時に色々な高校のサイトを見ていた私は、そこに書いてあったこの学校の理念や教育方針に惚れ、進路を決めた。

 ……尤も、そのお蔭で中学の頃から勉強が嫌いだと言っていたミカには随分無理をさせてしまい、その結果としての現状が有る訳なのだけれど。

 6月の今は夏服と盛夏服の移行期間だけれど、殆どの生徒は未だ紺色のジャンパースカートに半袖のブラウスと云う夏服仕様の出で立ちだ。私もそう。


 教室に入ると、ミカはもう自分の席に座っていて、同じグループのアヤカさんに何やら抱き付かれていた。

 ……キュッと締まった胸の奥が、ざわざわと騒ぐ。

 ……少し前までは、あそこは私の場所だったのに……。

 只でさえ目立つアヤカさんは、今の教室内で一人だけ白い盛夏服を着ていて、一際目立っている。

 その内に登校してきたカナコさんとシオリさんが、元気な挨拶をしながら二人に合流した。


 最近特に仲良くなったホノカと話しながら聞き耳を立てていると、彼女たちは、『クラブをサボってカラオケに行こう』とミカを唆し始めた。

 ……ちょっと待って……。

 最近になってミカがクラブを休みがちになっているのは、彼女たちが原因なの?

 ……それは一旦置いておくとして、今日は、今日だけは……。

 私の祈りは届かず、ミカは首を縦に振っていた。

 ……そうだよね、断らないよね……。そうだからこそ、ミカはミカなのだから……。



 時間になる度に、何処から聞き付けたのかクラスメートや他クラスの人までプレゼントを渡しに来てくれて、放課後授業後には私のバッグはプレゼントでパンパンになってしまい、ファスナーを閉めるのも一苦労だった。

 ミカが例の3人と一緒に盛り上がりながら、教室を出て行くのが見えた。


「……クラブ、行かなきゃ……」


 自分に言い聞かせた私は、ミカが待っていないクラブ室へと、独り、向かった。

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