第1章:バースデー・ソング

第4話:ハッピーバースデー。


「ミカ~、おっはろ~!」


 教室の自分の席で教科書やノートを机の中に移していると、元気な挨拶と共に、私の身体にズシッと体重が掛かった。

 顔を見なくても、直ぐに誰か分かる。

 中間テストの補習で仲良くなった友達の一人、アヤカだ。

 私の後頭部を挟む柔らかい立派な物が、少し羨ましい。


「おはよ、アヤカ。朝から元気だね」


 振り返って言うと、そこには底抜けに明るい顔が有った。

 アヤカは白いブラウスに金色のボタンが印象的な盛夏服を着て来ているので、全身が明るい太陽の様だ。


「あ、ミカ、アヤカ、モルゲ~ン」

「おはよー! 今日も良い天気だね!」


 カナコとシオリが教室に入って来るなり、私の机を取り囲んだ。


「ねえ、今日の帰り、カラオケにでも行かない?」

「あ、良いねえ、天気も良いし!」

「ちょ、カラオケに天気関係無いし!」


 途端に、私の周りが賑やかになった。

 ……それにしても、カラオケか。

 大声で歌えば、少しは気持ちのモヤモヤも晴れるのかな。


「ね、ミカも行かない? 今日はクラブ、サボってさ」

「……え?」


 カナコが正面から私に顔をズズイっと寄せて誘って来た。

 他人事として聞いていた私は、反射的に訊き返してしまった。

 ……因みに私は、ユカリと一緒に写真クラブに入っている。


「え、行かないの?」


 私の反応に、おずおずとその身を引いて、一気に寂しそうな顔になったカナコ。

 アヤカとシオリの顔も見てみたけど、同様の顔をしている。

 ……ズルい。そんな顔をされたら、断れないじゃない。

 非難するような響きが少しでも有れば、断り易いのに。


「……ごめんね、行くよ。今日はクラブ、休む」

「わ、良かった!ミカと一緒に行きたかったの!」


 務めて笑顔を作って言うと、カナコの表情は途端に明るくなって、飛び付いて来た。

 私の身体を包む腕の力が強くて、少し苦しい。

 けれど、決してそれは嫌では無かった。 


 仲良くなって未だそんなに経っていない筈なのに、アヤカたちは旧来の親友の様に接して来る。

 不用意にユカリに近付けなくなった私には、それだけで嬉しかった。

 アヤカだけでなく、カナコとシオリも盛夏服。

 この輪の中で、私だけが紺のジャンパースカートに半袖のブラウスの夏服仕様で、少し地味に浮いている。

 移行期間はまだまだ有るけれど、私も盛夏服にしようかな。


 そんな私たちを、クラスの皆が疎ましい物を見る様な目で見て来る。

 分かっている。……このクラスで異質なのは、私たちだ。

 いや、クラスどころか、校風にさえ合っていないのは分かっている。

 生徒たちは誰もが皆お淑やかで、こんな風に大声で喋るグループなんて、私たちの他には居ない。

 成績不良者も私たち位しか居なくて、ひょっとしたら、皆の目には、負け犬が傷を舐め合っている様にしか見えないかも知れない。

 でも、アヤカもカナコもシオリも、全力で生きているのを、仲良くなってからのこの短い期間だけでも私は知っている。


 だから、見返してやりたい。

 …………違った。

 この3人の良い所を、皆にも教えてあげたい。

 ユカリとの事も有るけど、だからこそ、私は頑張らなきゃ。


「ねえ、ミカは何歌う?!」


 楽しそうに訊いて来る、シオリの顔。


「えっと、……前に動画サイトで流行った、うるさいわってやつ」


 ちょっと考えた後、頭の中に浮かんだ曲を伝えると、「いいね!」と声を上げたアヤカを皮切りに、皆でまた盛り上がった。

 反面、教室内の空気が冷えて行くのも感じる。

 ……今なら、とっても感情を乗せて唄えそうだな。



 

 授業が終わり時間になる度に、何かしらの綺麗にラッピングされた物を持ったクラスメートが、ユカリの所に行って、それを渡して行く。

 他のクラスの子たちもプレゼントを持って来たりして、人気者のユカリのバッグは、帰る頃には、ファスナーを閉めるのにも苦戦する程にパンパンになっていた。


 私のバッグの中にも、ユカリ好みに可愛くラッピングして貰った、プレゼントの箱が一つ。



 今日は、6月9日。

 ユカリの、16回目の誕生日だった。

 ……だから、今日はクラブに出る心算だった。

 あそこなら今程も人の目は無いし、さり気無く渡せるんじゃないかと思っていたんだけどな。

 こうなると、帰り掛けに、家のポストにでも入れておくしかないか。

 ……嫌な感じ、するかな。

 それに、ユカリじゃなくて小父様や小母様が私からのプレゼントを見付けた場合、不自然に思って、ユカリに問い質してしまうかも知れないし……。


 …………うん。

 残念だけれど、この子には、私の机の引き出しの奥に眠って貰おう。



 帰りに4人でカラオケに行って一頻り唄って盛り上がった後、私はしんみりとしたバースデーソングを入れた。

 唄っている内に思わず涙ぐんでしまった私の唄を、皆は何も言わず、目を閉じて静かに聴いてくれていた。

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