第3話:私が、もっと、ちゃんと、考えていれば…。



 高校に入ってからの事で、私には、後悔をしている事が有る。


 5月の中頃に有った、高校に入って最初の定期テスト、中間テスト。


 ユカリがどうしても入りたいと言った、偏差値が60を超えるこの松浦まつうら女学園に猛勉強してどうにか滑り込む事が出来た私は、すっかり気が抜けていて、自分が授業について行けていない事にも気が付いていなくて。

 ……5教科中、4教科も赤点を取ると云う愚行を犯してしまった。


 一方のユカリは、当然の様に学年でもトップクラスの成績。


 いつも落ち着いていて発言も慎重な彼女は、既にクラスメイトたちの信頼も得ていて、テストの後には、同じ様に大人びた人たちに囲まれる様になった。

 いつも楽しそうに話していて漏れ聞こえて来るその内容は、「さっきの授業の内容でさ……」とか、「○○の本を読んだ」とか、私がその輪の中に入り辛い物になっている。私もライトノベルは好きでよく読むのだけれど、純文学とか一般文芸の本となると、一気に小難しくなって、1ページ目を読み始めた途端に眠気が襲って来る。

 ……私も、彼女たちが話している本を読めば、あの輪の中に入れるのかな。

 なんとかって有名な賞を取ったって云う、私ともそう幾つも歳が変わらない女の子が書いたやつなら、私でも読めるのかな……。

 ……いや、ダメだ。

 前に私が分かる内容の時に近付いて行ったら、目で牽制された事が有った。

 それから声を落として皆で顔を近付けてコソコソと話をして笑っていたので、成績の悪かった私をバカにしていたに違いない、違いない、違いない、違いない……。

 ……ユカリは向こうを向いていたので私から顔は見えなかったけど、どんな顔をしていたのだろう。

 あの子は素直だから、厭な顔をしてしまって、空気を悪くしていないかな。


 私は私で、一緒に補習を受けた、髪の毛を明るく染めて制服も着崩している、所謂ギャルと言われる様な子たちが話し掛けて来てくれる様になって、今ではすっかり打ち解けている。

 彼女たちは彼女たちで、一緒に過ごしているのは楽しいし、……見た目で損をしている部分は有るけれど良い人たちだし、悪くは無いのだけれども。

……でもやっぱり、今までユカリと一緒に居た一瞬一瞬ときどきには勝たない。

 それでも彼女たちは、私が少しでも詰まらなそうな顔をしてしまうと、何とかして楽しませてくれようとする。

 いつも本や勉強の話をしているユカリのグループを話のタネに、盛り上がろうとする。

 ……その気持ちは嬉しいのだけれど、私の胸は、痛んでしまうの。

 でもやっぱりそんな顔を見せたら、この子たちの気持ちを無碍にする事になってしまうので、何でも無い様な顔で、私もその話に乗る。




 高校生になってからの事で、私には、大きく後悔している事が有る。


 5月中旬の、高校最初の定期テスト、1学期の中間テスト。


 私はどうしても偏差値60を超えるこの松浦女学園に入学したくて、ミカには入学試験の為に、大変な苦労をさせてしまった。

 元々ミカは勉強が得意な方では無かったし、一緒に合格出来たのは奇跡に近い位だった。

 だから、テスト前に聞いた「私は大丈夫」と云う彼女の言葉を信じてはいけなかった。

 どう見ても彼女は浮かれていたし、授業中に先生にあてられても、答えられずに笑って誤魔化している事が多かった。

 ……どうにかしていたのは、私だった。

 結果として、5教科中、4教科も赤点を取らせてしまった。

 最終的にはミカも納得して頑張ってくれたとは言え、無理やりこの高校に引っ張って来たのは私なのだし、もう少し気を付けていれば良かった。

 ……気を付けていなければ、いけなかった。

 ミカの周りには同じ様に赤点の補習を受けたギャルの子たちが集まる様になっていた。


 一方の私は、……自分で言うのは少しはばかられるのだけれど、学年でもかなり上の方の順位が取れた。

その所為か、それ以前からも少しずつ話し掛けてくれていた人たちが、休憩時間等放課(名古屋弁)に私を囲む様になった。

 彼女たちとは勉強や本の話で盛り上がる事が出来たし、ミカと居る時とは違った楽しさが有った。

 でもやっぱり、ミカと一緒に居た瞬間瞬間ときどきの刺激には敵わなかった。

 皆良い人なんだけど、何故だか時々急にミカのグループを悪く言う事が有って、そう云う時には胸がズキッと痛む。

 尤も、私が微妙な表情をしていると、話を変えてはくれるのだけれど。


 たまさか、ミカのグループの子たちが、こっちの名前を口にしているのが聞こえて来る。その内容までは聞こえないのだけれども。

 皆厭そうな顔をするけれど、こっちもしていたのだからお相子だ。

 人を攻撃するのなら攻撃される覚悟が無ければいけないし、同情する気にはならない。……抑々の話、人を攻撃してはいけないのだけれども。

 私は丁度背を向けた形で座っているので見えないのだけれど、ギャルの子たちの声に混ざって、ミカの声も聞こえて来た。

 彼女の事だからグループの空気を悪くしてはいけないと思って、同調しているのだろう。

 ……他の人の耳にどう響くかは分からないけれど、私の耳には判然はっきりと、苦笑いしている様に聞こえているのだし。

 やっぱり、ミカは優しいな…………。




❤ ♦


 高校生になって、何となく二人の間に出来て来ていた、ぼんやりとした溝。

 色々考えたけど、それが決定的になったのは結局、あの中間テストだった。


 過ぎてしまった時間は、戻らない。

 間違えてしまった選択は、やり直せない。


 ……私たち二人は、このまま疎遠になって、何でも無い関係になってしまうのだろうか。


 ……それは、嫌だ……。


 ……だから、お願い……。




 ここに来て……。




 私を、待っていて……。

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