第142話「ガストンとの約束」

ほぼ本気を出したミルヴァとの認定試験を見事にクリアーし、

ポミエ村での戦いも大いに評価され、ランクAに昇格。


麗しきネリーの祝福を受け、ディーノは冒険者ギルドを後にし、

意気揚々として、飛竜亭へ戻った。


戻った飛竜亭では皆が、待っていてくれた。


笑顔で、ランクA昇格の報告をしたら……

店主ダレンは勿論、同僚達も大いに祝ってくれた。


祝ってくれた中には、当然ニーナもオレリアも居た。


ふたりは『飛竜亭宣言』により交わされた先の約束を守った。

友達以上恋人未満……『親しいガールフレンド』として接してくれたのである。


また……

冒険者ギルド内で起こった事象と全く同じ事が、飛竜亭でも起こっていた。


ディーノの下へ、冒険者達から『勧誘』が殺到したのだ。

ぜひクランメンバーに、いや、リーダーになって欲しい、

もしくは助っ人に来てくれ等々……熱心に誘われたのだ。


しかしディーノは、ネリーが告げた言葉を繰り返し、

きっぱりと一切のオファーを断っていた。

一流ランカーに昇格しても、進んで依頼を受けようとしなかったのである。


なにげなく、ガストンが尋ねたところ……

「しばらく英気を養いたい」と返して来た。


というわけで、相変わらず飛竜亭に居候するディーノは、

調理担当をメインとした、ひとりのスタッフとして、

コツコツと地道に働いていた。


そんなこんなで、2週間が経った。

ディーノの日常は、ほぼ同じパターンが続いて行く……


朝は午前3時には起床。


午前4時前に市場へ食材の仕入れに行き、戻ったら店内でニーナ達と朝食、


朝食後は、ガストンと共に料理人としてランチタイムの仕込み。


そのままランチタイムの調理作業に移行、その後、遅い昼食と休憩。


休憩終了後、ディナーの仕込み、調理、

たまに出没する悪質なナンパ客を追い出す等々。


このように仕事は調理をするだけではなく、多岐にわたった。


その間、ディーノは無駄口を叩かず、黙々と働いたのである。


そんなディーノと、ニーナ、オレリアの態度、3人のやりとりに、

違和感を覚えていたのは、ガストンである。


ある時、ガストンは……

ニーナとオレリアから、女子達と冷却期間を置くという、

『飛竜亭宣言』の顛末を聞いた。


その日の晩、飛竜亭の営業終了後……

「話がある」と、ガストンは、ディーノを私室へ誘ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ガストンは回りくどい事があまり好きではない。

だから、単刀直入に切り出した。


「ディーノ、ニーナとの事……どういうつもりだ」


こう言われて、ディーノはピンと来た。


「ガストンさん、聞いたんですね? 冷却期間の事」


「ああ、聞いた。……以前、俺はお前に言ったよな?」


「はい。しっかりと憶えています、ニーナさんには必ず幸せになって欲しいと」


「バカヤロ。お前の事も言ったじゃね~か」


「はい……この俺を、飛竜亭の跡継ぎにって」


「ああ、そうだよ。もしもお前とニーナ、ふたりが恋仲になれば夢が叶うんだと、俺は言った」


「…………」


「お前とニーナが結婚し、一緒になって貰い、晴れて飛竜亭を継がせる。幸せになって貰う、ひたすらそう願っていた。……俺は、そう言ったよな?」


ディーノは記憶を手繰った。

そしてきっぱりと告げた。


「はい、確かにガストンさんはそう言いました」


「まさかランクAにまでなるとは……冒険者の……いや、男としてのお前の器を、俺は完全に見誤っていた。それは認める」


「…………」


「だがその見誤りが、余計にこの思いへ拍車をかけた。お前ほどの男ならばぜひニーナを任せたい、そんな気持ちを益々強くして行ったんだ」


「…………」


「あの子だって、お前の事を真剣に想ってる。……本気だ、俺には分かる」


「…………」


「だが俺は、ニーナ以外の子の事は良く分からん。……悪いが、興味もない」


「…………」


「クラン鋼鉄の処女団アイアンメイデンの子達なんか、はっきり言ってどうでも良いんだ」


「…………」


「ましてや、あの元主人、トンデモお嬢は、お前の事を従順なペットか、無理がきく『おもちゃ』だと勘違いしているようだしな……あの子だけは絶対にやめとけと思うよ」


ガストンからそう言われ、ディーノは苦笑した。


ズバリと自分の気持ちを言い当ててくれた。


嬉しかった。


「…………」


「まあ……ウチで働く事となったオレリアも、確かにニーナ同様に良い子だ」


「…………」


「だが、お前とした約束を無理やり足かせにしている。自分のふるさとを救ってくれたから、感極まり一時的に熱くなってるだけだと俺は思うのさ」


ディーノが思っていたオレリアへの見方も、ガストンは言い当ててくれた。

全く同意である。


「……ガストンさんの仰りたい事、そしてお気持ちは良く分かりました」


「うむ」


「俺もニーナさんは好きですし、一番相性が良い子だと思います。だけど彼女に対し、どこまで真剣な気持ちを持てるのか、分からないんです。それじゃあダメなんです、相思相愛である真の想い人じゃないと……」


「ふっ、お前はまじめだよ。本当にまじめすぎる」


「…………」


「良く言えば甲斐性のある奴、悪く言えば見境の無い奴なら、言い寄る子を全員自分の女にするところだ。我がピオニエ王国は一夫多妻制を認めているからな」


「…………」


「あ、大事な事だから何度も言うが、あの『お嬢様』だけはやめとけよ」


「はい!」


「ま、よくよく考えれば、仕方がないか……いくら天下のランクAでも、お前はまだ15歳、恋に悩める青き少年ってとこだな」


ガストンはそう言うと、悪戯っぽく笑った。


この2週間、迷っていた。

じっくり考えていた。

 

だが、ディーノは意を決した。

……遂に決めた。


「…………ガストンさん」


「ん?」


「俺……旅に出ます」


「旅?」


「自分をいろいろ見つめなおす時間が欲しいのと、俺を待っている人達が居ると感じるんです」


「待っている人達って……その口ぶりじゃあ、待つと言うのは想い人ではないな」


「はい、お前には志半こころざしなかばで力尽き、倒れた人の思いを継ぐ義務がある。そう内なる声に言われたんです」


「志半ばで力尽き倒れた人の思いを継ぐ義務……それをお前に告げる内なる声か……」


「はい」


「世の中には……どこの誰にも分からない不思議な事象がある」


「…………」


「ディーノ、お前がこれほど強く且つ逞しくもなった力の根源が、もしもそうであるとしたら……」


「…………」


「お前との出会いや、来訪を待ちわびている人が、未来を託したいと願う人々が、この世界には、まだまだ居るかもしれないな」


「はい! ガストンさん、俺もそんな予感がします」


「ふむ」


「俺は旅に出て、またこの王都へ戻って来ます。必ず!」


「よし! 行って来い! そして必ず王都へ戻って来い! 約束だぞ!」


「はいっ! 約束しますっ!」


大きな声で、返事をしたディーノは、

次のステップへ踏み出そうとしていたのである。

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