第84話「冒険者ギルドの大嵐①」

翌朝8時……

冒険者ギルドへ登録の為、赴くというステファニーに、

ディーノは無理やり付き合わされていた。


ちなみに……

ディーノとステファニーは、ふたりきりではない。

まるで影のように、ロクサーヌが付き従っていたのだ。


ディーノとふたりきりになれると、

ステファニーは考えていたのだろう。

不機嫌そうに眉間にしわを寄せている。


「ロクサーヌ! あんた、何でついて来るのよ?」


「何で? 私は当然同行します。ステファニー様は久々の王都です。万が一の場合があると困りますから」


「万が一? 無敵のこの人に、一体どんな万が一があるってんだよ?」


ロクサーヌの『懸念』を聞き、ディーノは苦笑した。


ステファニーなら、ナンパは勿論、無頼の徒に絡まれても、

全く動じずに無敵だと思うから。


……これまで何人かに話している通り、ディーノには鮮烈な記憶がある。


……フォルス郊外の森でステファニーの『狩猟』に同行した際、

突如、魔物オークが10体ほど出現した事があった。


その為、『勢子』を使い、追い詰めていたせっかくの獲物、

鹿やイノシシが逃げてしまった。


するとステファニーは超が付く激怒。

彼女を守ろうとするロクサーヌや騎士達を制止すると、

あっという間に5体のオークを、どか! ばき! ずが!と、

顔面にグーパンチを喰らわせ、殴殺してしまったのだ。


返り血を浴び悪鬼のようになったステファニーのあまりの剣幕、

そしていびつに変形した仲間の無残な死を目の当たりにし、

残ったオークどもは慌てて遁走とんそうした……


護衛の騎士達は、全員が唖然あぜんとしていた。

無理もない。

深窓の貴族令嬢? が素手でオークを瞬殺したのだから。


ディーノはその時……

ちまたで噂の腹黒な『悪役令嬢』など、

『上品でおとなしいお嬢様』に思えるくらい、

ステファニーが、魔王のように『遥かに怖ろしい存在』だと確信したのである。


だが、ロクサーヌだけは……

うっとりと、返り血を浴びた悪鬼のステファニーを頼もしそうに見つめていた。


元々、ロクサーヌはあるじのステファニーを慕っていた。


しかし『心酔』するようになったのは『その事件』以降なのである。


オークの鮮血に身を染めて、憤怒の表情をし、

仁王立ちするステファニー……

その姿は、まるで悪鬼……


おぞましい記憶を手繰り、「ぶるぶる」と身震いするディーノ。

一方、彼の『皮肉』を聞き、ロクサーヌは憤る。


「ディーノ! うっさいぞ! くそしなびた野菜が!」


「誰が! くそしなびた野菜だ!」


「見た目そうだろ! ステファニー様をおとしめるのなら、ひ弱なお前など全く不要。不快極まりない! さっさと帰れ!」


「ああ、だったら帰る。ロク、良く聞け。ステファニー様から頼まれたから来たが、こう見えても、俺は忙しい」


「何だと! 忙しい? 生意気な!」


「何が生意気だ! 人の話を良く聞けと言っただろ? この人から、無理やり来いって、言われたんだぞ」


ディーノとロクサーヌの会話を聞いていたのか……

ステファニーがいきなり!


「ディーノ!」


「はい、何ですか? ステファニー様」


「帰ったら……ぶっ飛ばす」


ステファニーの目は本気マジだ。


ディーノは大きくため息を吐く。


「はあ、仕方がない、分かりました。一応、登録の受け付けをするまでは付き合いますよ」


「登録を受け付けするまでは? 違うでしょ! 私に一生付き合いなさい!」


「それは無理、私に一生なんて。今日は用事もありますから」


「何よ!」


そんなやりとりを繰り返し、通行人の注目を浴びながら……

3人は冒険者ギルドへ到着したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ギルドの本部1階に3人は足を踏み入れる。

ラッシュの時間帯のせいか、フロアは大勢の冒険者でにぎわっていた。


改めて述べるが……

ステファニーは美しい。


金髪碧眼、鼻筋が「びっ」と通った端麗な顔立ち。

ほどよく突き出た胸に、細くくびれた腰、形の良いお尻……抜群のスタイル。

容姿だけなら、誰もが認める文句なしの美少女である。


割の良い依頼を求めて、執心していた冒険者達も、

ステファニーの姿を認め、思わず手と口を止めた。


喧噪に満ちていたフロアが静まり返る。


静寂の中……

そのステファニーが先頭に立ち、続いてロクサーヌが、そしてディーノがすたすたと歩いて行く。


『業務カウンター席』に座っていたネリーは、ディーノを認め、

声をかけようとして思いとどまった。


ステファニーはカウンターへ行くと、凛とした声で命じる。


「私は、辺境伯クロード・ルサージュが一子、ステファニー・ルサージュ! 冒険者登録の為に赴いたっ! すぐさまギルドマスター、炎の飛燕、ミルヴァ・ラハティへ取次ぎなさいっ!」


「は、はあ……」


ネリーの後任にあたる、受付担当の女性は戸惑いを隠せない。


通常、ギルドマスターが登録者手続き業務を行う事はない。


ディーノの場合は、ミルヴァと懇意だった元ランカー冒険者ガストンの紹介状があったからこそ、実現した特例なのだ。


「も、申し訳ありませんが、冒険者登録ならマスターではなく、業務担当者が行いますので、登録カウンターへ行ってください」


女性の返事を聞いたステファニーはあからさまに不機嫌となる。


低くどすの効いた声で、


「ほう、……このディーノはマスターに会見OKで、私はNG? えら~く素敵な対応するじゃない?」


「え?」


「ぐたぐたほざいてないで! さっさと取次ぎなさい。さもないと……あんたの

顔面にパンチぶち込んで、ぶっ殺すよ」


怒りに燃え、脅すステファニーの目がぎらぎらと輝き、殺気に染まっていた。


こうなると……

完全に脅迫である。

 

受付の女性はおののき、悲鳴をあげる。


「ひ、ひえ~~!!」


さすがにディーノが止めに入る。


「待ってください、ステファニー様、彼女は普通に仕事をしています。脅迫しちゃダメですって」


「ふん! この女が、超生意気だからよ」


「それと……お願いですから、俺を『引き合い』に出さないでください」


と、その時。

魔導昇降機の扉が開き、サブマスター、ブランシュ・オリオルが降りて来た。

屈強な風体の男性冒険者2名を連れている。


ディーノは以前ブランシュから聞いた事がある。

冒険者ギルド内での治安維持も彼女の仕事だと。

ふたりの男性冒険者はギルドの保安担当に違いない。


ブランシュは受付の女性へ、


「どうしたの? 『警報装置』が押されたけど。原因はその金髪の可愛い子?」


と言い、ステファニーを不可解そうに見つめ、首を傾げた。


どうやらブランシュの部屋に通じる『警報装置』が、

受け付けカウンターのどこかに隠されているらしい。


ステファニーに威嚇&脅迫された受け付けの女性は、

己の身の危険を感じ、警報装置を作動させたようだ。


すぐさま反応したのがステファニーである。


「はあ? 警報装置だあ? ふざけるなっ! ぶっ殺すぞ

ぉ!」


「ひええええっっっ!!!」


再び、ステファニーから凄まじい殺気が向けられ、受付の女性は恐怖に囚われた。

当然ディーノが、再び女性をかばう。


「ダメですって、ステファニー様」


ここで初めて、ブランシュがディーノに気付く。

そしてロクサーヌにも。


「あら? ディーノ君。そしてロクサーヌじゃない? 久しぶりね……一体どうしたの?」


「ま、まあ……いろいろありまして」


事情を全く把握出来ず、相変わらず首を傾げるブランシュ。

対して、ディーノは苦笑し、頭をかいていたのだった。

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