第82話「ステファニー様、襲来④」

所変わって、ここは飛竜亭……


ディーノと女子4人……

酒と料理を載せていたテーブルを蹴り上げられ……

楽しいデートを台無しにされ、ニーナはおかんむりである。


美少女が重厚なテーブルを軽々と蹴り上げる。


非現実なシーンを目の当たりにして、びっくりしている間に、

ステファニーが、ディーノを速攻で連れ去ってしまった。


なので、ニーナは残ったロクサーヌへ食ってかかる。


「ちょっと! 酷いじゃないですか?」


ロクサーヌはニーナと初対面だ。

ユニフォームのメイド服を着ていないので、飛竜亭の従業員だとは思わない。


「……お前は誰だ? ウチのメンバーと何をしている?」


「私はニーナ、この飛竜亭の従業員です」


「は! 従業員が客と飯を食っているのか?」


「今はプライベートの時間です。それより理不尽じゃないですか? いきなり乱入して来てあの振る舞い、折角のデートが台無しです!」


身長2mの見上げるような巨躯、筋骨隆々のロクサーヌに対し、

すらりとした美少女ニーナは全く臆していない。

堂々とした態度できっぱりと抗議した。


しかしロクサーヌもニーナを完全に小娘扱いし、問題にしていない。


「おい、ニーナとやら、お前は私の話を聞いていなかったのか? 婚約者が居る男とデート? 極めて不埒ふらちだ!」


「不埒? 馬鹿な事言わないでくださいっ! 貴女こそ、マドレーヌさん達の話を聞いていなかったのですか? ディーノさんは、あの人とはもう無関係です!」


「いや! 無関係ではない! ディーノ・ジェラルディはステファニー様の婚約者、厳然とした事実だ」


ニーナはもう何度、同じ話を聞いただろう……

当事者であるディーノ本人へも、念入りに確かめた。

だから当然、反論する。


「そんなの全くの無効です。ディーノさん自身は認めていません」


「いや、全くの無効ではない。ディーノが認めなくとも、ステファニー様が仰れば、それは事実となる。もしもカラスが白だと仰れば、それが事実となり、ルールともなるのだ」


何という不合理なロジック。

まるで、一方的且つ非道な政策で住民を苦しめるどこぞの専制君主である。


「何言ってるんですか! そんな無茶な!」


「無茶ではない! それが事実であり、現実なのだ」


ニーナの抗議を真っ向から否定した上で、ロクサーヌが重々しく告げた。

しかし!


「それは違うな、ロクサーヌ」


「な? お前は」


「辺境伯の小娘如きに何故、そう入れ込むのだ、ロクサーヌ」


「…………」


「お前達クランのルール、『男子禁制』とやらを破ってまでもさ」


苦笑しながら立っていた偉丈夫は……

この店の主、コック服姿のガストン・バダンテールである。


騒ぎを聞きつけ、厨房から出て来たようだ。


しかしロクサーヌは顔をしかめ、首を横に振った。


「黙れ! 引退した『もうろくじじい』が余計な口を出すな」


「確かに冒険者は引退した。だが、口はしっかり出させて貰うぞ。何故なら俺はディーノとニーナの親代わりだ」


「何ぃ、親だと!」


「ああ、ふたりの親だ。それとお前の連れであるお嬢様が破壊したテーブル、酒、料理、全て弁償して貰おうか」


しかしロクサーヌは、ガストンの申し入れを完全に無視する。


「……じじい、お前の最初の質問に答えてやろう」


「ほう!」


「ディーノとお前の親子関係など、笑止!」


「何? 笑止だと?」


「ああ、私にとってステファニー様は神だ。単なる主君を超えた称え敬うべき存在なのだ」


「はあ? 神?」


「そう、神だから何をしても許される。おっしゃった事全てが真理となるのだ」


「……おい、ロクサーヌ」


「何だ?」


「お前、頭の中、大丈夫か? お花畑になって、ハチがぶんぶん中を飛んでるんじゃないのか?」


「馬鹿者! 私は正気だ!」


一喝したロクサーヌを……

相変わらずガストンはいぶかしげに見つめていた。


しばし、沈黙が流れたが……

先に口を開いたのは、ロクサーヌである。 


「ふ! ぐだぐだ言っても、らちが明かん」


「はは、その通りだ、ロクサーヌ。では、もっとはっきり簡潔に言え」


「ふむ! 私がステファニー様を信奉するのは、貴族の血筋だけではない! あの方がまれに見る大器だからだ」


「稀に見る大器ねぇ……」


「間違いない! あの方の直感力、判断力は凄まじい。それと勘の良さ、引きの強さも人間離れしている」


「ふうん……」


「加えて膂力りょりょくに優れ、武道の才能も天才的なのだ」


「ほう、これ以上ないっていう褒めっぷりだ。ついでに押しの強さもあり過ぎるくらいだな」


「ああ、じじいの言う通り、押しの強さも加えておこう」


きっぱり言い切るロクサーヌだが、

対して、ガストンは首を傾げている。


「しかし、そこまで『大器』の貴族お嬢様が、何故、平民で身分違いなディーノを、あんなにしつこく追いかけ回すんだ?」


ガストンがそう言うと……


傍らのニーナ、マドレーヌ、ジョルジエット、そしてタバサが……

全く同意! という意思表示で「ぶんぶん」と頷いた。

 

上級貴族の令嬢が、何故平民のディーノを?

「自分の婚約者だ」と偽ってまで?


そう、誰もが感じる不可解さである。

全員の注目が、原因を知るであろうロクサーヌへと集まる。


しかし、ここでロクサーヌは口ごもっている。

いつもの歯切れの良さが嘘みたいに……


「そ、それは……」


「ほう、それは何だ?」


「……謎だ!」


「はあ? 謎? なんじゃそりゃ」


「うむ! 私から見たら、『しなびた野菜』のような覇気はきのないディーノへ、どうしてそこまで執着するのか分からない。ステファニー様のお気持ちが、全く分からないのだ!」


「ちょっと! 『しなびた野菜』って何ですか! ディーノさんに失礼です!」


と、再び怒ったニーナが抗議した、その時。


「本当に失礼だぞ。誰が『しなびた野菜』だ。相変わらず口が悪いな、ロクサーヌ」


飛竜亭の入り口にふたつの人影があった。

ひとりは男、ひとりは女のようだ。


そう!

「ずるずる」引きずられて行ったディーノが、引きずったステファニーと共に、

ちょうど戻って来たのである。

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