第81話「ステファニー様、襲来③」

まともに顔面を殴られたディーノは、呆気なく吹っ飛んで、

民家の壁に叩きつけられた。


周囲の通行人がびっくりしてディーノとステファニー、双方を見つめている。


喧嘩だ! 暴行された!

殴られたぞ! 絶対大けがしてるぞ、あれ!


と叫び、衛兵を呼びに行く者も居る。


しかし、ステファニーは動じたりはしていない。


『泰然自若』という文字がぴったりな態度で、鼻を鳴らした。


「ふん、口が過ぎるわ。しばらく会わないうちに、こいつ、随分生意気になったじゃない」


しかし、「ぴくり」とも動かないディーノを見て、美しい眉をひそめる。


「ちょっと力が入り過ぎたわね。骨が何本か、折れたかしら?」


だが……

ディーノはむくりと、不死のゾンビのように起き上がった。


先日、飛竜亭で、色ボケした冒険者に殴られた時もそうだったが……

顔に全く痛みを感じない。


あのスケベ冒険者に比べれば、猛女ステファニー、必殺のグーパンは、

か細い棍棒と、鋼鉄製のとげ付き巨大ハンマーくらいの差がある。


しかし、ダメージは殆どなかった。

ほんの少しひりっとするくらいである。


多分、ステファニーにより「散々鍛えられた」のと、

ロランのくれた護符ペンタグラム、

そして、ルイ・サレオンのとんでもない指輪の加護のお陰であろう。


ディーノは苦笑して、首を左右に軽く振り、

「ぱんぱん!」と、汚れた服の埃を払う。


「相変わらず、思い切り無茶しますね、ステファニー様」


にっこり笑ったディーノの顔は、まるで何事もなかったかのように、

晴れやかだった。


全くノーダメージで、けろっとしたディーノ。

対して、相変わらず不敵な笑みを浮かべる仁王立ちのステファニー。


この様子を見て、騒いでいた野次馬達の興味が急速に失せて行く。

 

所詮、恋人同士の痴話喧嘩ちわげんかが、

単にエスカレートしただけと見たようだ。

 

人の輪があっさり崩れ、四方に散って行く。


そんな中、ディーノを見つめるステファニーは訝し気な表情をした。

ディーノがほとんど『ノーダメージ』という雰囲気で起き上がったのが、とても不可解であった。


怒りに任せて……

思わず拳をふるってしまった。

だが……

オークならばいざ知らず……

これほど力を入れて、人間を殴った事はない。

 

当然ディーノに対しても、今迄は平手打ち5連発くらい? にとどめていた。


ステファニーは、己の『攻撃力』には絶対の自信を持っている。


ディーノが、ダメージを感じている様子もなく、

あっさりと立ち上がったのが、意外なようである。


「へえ……あんた……平気なの? 私のグーパンチを受けても」


「ええ、まあ……何とか」


そう言いながら、ディーノの顔に殴られた跡さえもついていない。

まじまじとディーノを見たステファニーは、

 

「ふ~ん……久々にあんたと会った時から、違和感を覚えていたけど」


「違和感ですか?」


「そう、違和感……やっぱり、あんた、今までとは違うわ」


「違いますか?」


「ええ、以前のディーノとは全然違う、大違いだわ」


「そうですか」


「ふ~ん……」


何事もなかったかのように……

淡々と話すディーノを見て、ステファニーは何か思うところがあるようだ。


これまで気合が入り過ぎていたのが、少し脱力しているかもしれない。


「ふん。……とりあえず、ペンディングね」


「ペンディング?」


「あんたとの結婚よ。悔しいもの、正面切って、『ときめかない』なんて言われちゃ」


「すみません」


「別に謝らなくても良いわ」


「いいんですか?」


「『貸し』にしといてあげる。言っておくけど、さっきの一発だけじゃ、超むかついたのは、到底収まらないからね。憶えておきなさい」


「ステファニー様の『貸し』って……俺にとっては、『借り』という事ですかね……うっわ! 後が怖いですよ、それ」


「ふん! せいぜい怯えてなさいよ。それより、とりあえずさっきの居酒屋ビストロへ戻ろうよ」


「ええ、さっきの店……飛竜亭へ戻りましょう。ロクサーヌが、どうしているのか、気になりますから」


そう……

ステファニー同様、ロクサーヌも怒っていた。


姉御ロクサーヌが、妹分のマドレーヌ達に対し、どのように振る舞うのか、

ディーノはとても気になっている。


ステファニーは、そんなディーノの胸中を見抜いたかのように、

にやりと笑った。


「飛竜亭に居た……あんたの取り巻き女子って、これから私の部下になる子達でしょ?」


「多分。3人はそういう事になります。ひとりは違いますけどね」


「まあ……ロクサーヌが作ったクランの隊規で、男とのデート禁止とか……私はそこまで細かい事は言わないけれど……」


「…………」


「ロクサーヌは鷹揚おうように見えて、結構、細かいところもあるから、今頃はクランの子達へ、ガミガミ厳しく説教してるんじゃない?」


「なら俺がロクサーヌを説得します。万が一、何かしようとしたら絶対に止めます。彼女達を強引に誘ってデートした俺の責任ですから」


一緒に居た女子達を擁護するディーノ。

以前は怖がっていたロクサーヌに対し、臆せず堂々としている。

 

ステファニーは納得したように、何度も頷く。


「……ふ~ん、成る程ね」


「何ですか? 成る程って?」


「やっぱ、あんた、変わったわ」


「ですか……じゃあ、とりあえず戻りましょう」


こうして……

寝技で結婚させられそうになったディーノは、絶体絶命の危機を何とか回避し、

ステファニーと共に、飛竜亭へ戻る事となったのである。

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