第80話「ステファニー様、襲来②」

あるじステファニーこそ世界のルールだ」

と言い切るロクサーヌ・バルトに対し、

飛竜亭のオーナーシェフ、ガストン・バダンテールが呆れて否定していた頃……


ディーノ・ジェラルディは、『猛烈な暴風雨』のように襲来した、

悪鬼の形相と化したステファニー・ルサージュに襟首をつかまれ、

王都ガニアンの街中を「ずるずる」と引きずられていた。


ステファニーと「再会した時」は、びっくりし、少し臆しもしたが……

ディーノは徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。


けして豊富とはいえない。

だが、ルサージュ家を出てから積み重ねた修羅場での戦闘経験が、

以前とは違い、ディーノへ『大きな勇気』を与えていたのだ。


衆人環視の中、注目を浴びながら……

「ずるずる」引きずられるディーノは、軽く息を吐く。

 

ふと見上げれば、空は真っ青、雲ひとつない快晴。

そんなとりとめもない事を考えると、

今、自分の置かれた状況が、かえって可笑おかしくもなって来る。


それにしても……

ステファニーは、自分をどこへ連れて行こうというのだろう。


ひきずられながら、改めて周囲を見回したディーノ。

王都で生まれ育ったディーノは……

道と周囲を見れば、大体、現在位置が分かる。


この道は……そうか!

でも……まさか!?


とディーノが気付いた時。


リンゴーン!


午後1時を報せる鐘が、重々しく鳴り響いた。

苦しい息の下、ディーノは尋ねる。


「ステファニー様」


「何よ」


「もしかして、創世神教会へ行くのですか?」


「もしかしてじゃない! ディーノ、あんたと一緒に教会へ行くわ!」


「何をするつもりなのですか?」


「バカね! 結婚適齢期の男女がふたり、教会へ行ってやる事は決まってるじゃない!」


「いえ、そんなの、いろいろあるから全然分かりませんが……」


「じゃあ、馬鹿なあんたに教えてあげる! ディーノ! 私とあんたは結婚するのよ!」


「今のこのシーンが荒唐無稽こうとうむけいだし、ステファニー様のおっしゃる意味も、俺には全く分かりませんが」


「全く分からなくても良いの! 私とあんたは結婚するの!」


教会へ行き、強引に式を挙げる。

そこまでステファニーは段取りを組んでいた。


手紙で「婚約者だ」と、のたまうくらいのレベルならと、ディーノは軽く見ていた。

はっきり言って冗談だと思っていたのに、とても意外である。


「どうしてです? 俺、ステファニー様と結婚するつもりなんて全くありませんが……」


「あんたの意思は関係ない! 私が決めたから!」


簡潔明瞭な答えである。

これ以上、余計な口をはさむなという『命令の感情』が伝わって来る。


「……俺の意思は関係ないのですか?」


「関係ない。私はあんたと結婚したいからするの、ただそれだけ」


「それでは、愛のない結婚生活になると思いますが……」


「いいえ、愛はあるわ。あんたに愛がなくても、私がい~っぱい持ってる!」


……昔から、ず~っと変わらない。

けして、ぶれない、この人は……

そう、ディーノは思う。


しかしひ弱な少年だった昔ならいざ知らず、

冒険者として一人前となった今のディーノなら、正面切って反論出来る。


「そういう一方的な愛って困りますし、第一、ステファニー様が何故、俺を好きなのか、とても不思議なのですが」


「もう! いちいち……うるさいわね」


ステファニーは、ひきずっていたディーノをぐいっと引き上げ、

無理やり立たせると、ぱん! と一発、平手で頬を張った。


「いて!」


「ぶたれるような事を、ぐちぐちと言うからよ。グーパンでない分、ありがたく思いなさい」


「はは、確かに……平手でビンタ、手加減して頂き、ありがとうございます」


「ふん! 言っておくわ。私の愛に対して、あんたに拒否権は全くない!」


「俺には拒否権、なしっすか?」


「そうよ! それと、あんたを好きなのは理屈じゃない! 自分の感情に基づいて、素直に行動してるだけよ! 以上!」


ステファニーは回りくどい言い方はしない。

無駄を嫌う。

改めて、彼女の考え方、価値観を理解出来た。


「成る程……一応、理解はしました」


「分かった? じゃあ、ガタガタ言ってないでさっさと教会へいくわよ。司祭様には頼んであるから、すぐ結婚出来るわ」


ステファニーは再び、ぐいっと襟を掴んで引っ張ったが……

ディーノは踏ん張って、連行を拒否した。

そして言う。


「残念です、ステファニー様」


「何がどう残念なのよ?」


「ステファニー様のなさったご手配が、一切、無駄になるからです」


「何よ、それ! 私の手配が、何故無駄になるのよ?」


「はい、俺とステファニー様は、結婚などしないからです」


「結婚しない? 何故よ!」


「何故って……」


ディーノが少し口ごもると、

ステファニーは、すかさず、きっぱりと言い放つ。


「あんたが置き手紙に書いた、理想の『想い人』を探してるって奴?」


「は、はあ、まあそうです」


「じゃあ、問題は全く無しよ! ディーノ・ジェラルディ理想の想い人はこの私! あんたの幼馴染み、美しく誉れ高きステファニー・ルサージュでしょ!」


「それはちょっと……」


「何が、それはちょっとよ! のぼせ上ったあんたが取り巻きにしてた女どもより、私の方が、ず~っと可愛いじゃない?」


「取り巻きって、あのね」


ディーノが飛竜亭で女子達に囲まれている姿を思い出したのだろう。

 

ステファニーは、ディーノへ迫る!

迫り来る!

自信に満ちあふれた己を、大きく大きく誇示するように。


「どうなの! 私は上級貴族であいつらは平民。身分は遥かに上だし、顔立ちも段違いに綺麗でしょ? 違うの?」


対して、ディーノは淡々と返す。

ステファニーの美しさをしっかりと認めながら。


「比べるのはどうかと思いますけど、確かにステファニー様はお美しいと思いますよ」


「でしょ! じゃあ!」


と、なおも迫るステファニーへ、ディーノから想定外の言葉が投げかけられる。


「でも……ときめかないんですよ」


「はあ? ときめかない? 何に!」 


「申しわけないですが、ステファニー様にです」


ディーノが決定的な『禁句』で答えた瞬間!


どぐわっしゃああ!!


拳をグーにした、ステファニー渾身のパンチが、

ディーノの顔面にさく裂していたのである。

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