第79話「ステファニー様、襲来①」

「ディーノぉぉぉ~~~っっっ!!!」


心と身体へ散々刻み込まれた……

聞き覚えのある、怖ろしい声が飛竜亭に響き渡った。

 

ひとりの美しい少女が、飛竜亭の入り口に仁王立ちしていた。


可愛い女子達と歓談するディーノを、腕組みをし、ぎろり!と睨み付けている。


少女は傍らに、身長2mを超す、逞しい巨躯の女性冒険者を従えていた。


遂に!

怖れていた『猛き暴風雨』が襲来したのだ。

 

そう、突如現れたのは……

ディーノを追い、はるばる南のフォルスからやって来た、

オークをグーパン一発で殴殺する猛女ステファニー・ルサージュ。


そして今やステファニーに心酔する女戦士、

ロクサーヌ・バルトのふたりであった。


仁王立ちしたステファニーとロクサーヌの姿を目の当たりにしたディーノは……

大きく息を吐いた。

 

いずれこのような状況になる事は予想していた。

しっかりと心構えもしていた。

 

だから、『全くの想定外』という事はない。


しかし頭の中で想像するだけと、実際に体験するのとは大いに違う。


そんなディーノを睨み付けたステファニーは「つかつか」と歩き、近寄って来た。


ディーノを睨み付け、驚くニーナ達女子を睨み付け、

最後にじっとテーブルを見やった。


テーブルの上には、酒が満ちた杯と、料理を盛りつけた皿が数多並んでいる。


不快そうに、「ふんっ!」と鼻を鳴らしたステファニーは、

無造作でも、切れ味鋭い『蹴り』を繰り出した。

 

どっぐわっしゃ~~んん!!!


凄まじい音がした。


重厚な木製のテーブルがあっさり蹴り飛ばされ、吹っ飛んだ。

テーブルに載っていた杯は酒を、皿は料理を無残にまき散らしながら、宙を舞い、

床に落ちた。


がちゃん! ばっり~ん! がっちゃ~~ん!! 


陶器が粉々になる派手な音と、女子達の悲鳴が交錯する。


「「きゃ~っ!!!」」

「「いや~っ!!!」」


すかさず、ディーノが「すっく」と立ち上がる。

デート中の女子達を守ろうと、両手を大きく広げた。


「い、いきなり、何するんですか」


「…………」


さすがに動揺し、少し噛んだディーノを、ステファニーは無言で見つめた。

 

対して……

勇気を振り絞り、ディーノは、なおも抗議する。


「こんなの理不尽ですよ、ステファニー様」


「!!!」

「!!!」

「!!!」


抗議するディーノが発した名前を聞き、その場の女子全員が驚き、息を呑む。

彼女達も、オークをグーパン一発で殴殺する『噂の猛女』ステファニーが、

遂に王都へ現れたと知ったのだ。


ディーノを睨むステファニーの視線は……

獲物を狙う鷲や鷹の如く、まるで猛禽類もうきんるいのような鋭さである。


そしてステファニーは、低くドスの効いた声で、言い放つ。


「……浮気は絶対に」


「え?」


「許さないっ!!!」


「許さないっ!!!」という凄まじい怒気を含んだ言葉と同時に、

ステファニーの手が電光のように伸び、ディーノの襟首をがっしりと掴んだ。

まるで、いたずらをした野良猫をひっつかむように。


「うわっ!?」


びっくりするディーノに構わず、ステファニーは「ぐいぐいっ」引っ張ると、

抵抗しようとするディーノを容赦なく、ずるずるひきずりながら……

さっさと、飛竜亭を出て行ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ディーノが連れ出され、楽しかったデートの様相は一変した。


その場に取り残されたニーナ達は呆然としている。


「凄まじい!」という言葉を遥かに超越した、

『巨石』のようなステファニーの存在感に、誰もがただただ圧倒されていたのだ。


しばし経ち、ようやく言葉を発したのはニーナだった。


「な、な、なんですか!!?? あ、あ、あの人っっ!!??」


ニーナの言葉に、何とか反応したのはマドレーヌである。


「あ、あ、あの人が……もしやステファニー……様」


と、その時。


「そうだ! あのお方が、新生鋼鉄の処女団アイアンメイデンの新リーダー、ステファニー・ルサージュ様だ!」


いつの間にか、ニーナ達の傍らに、巨躯の女戦士――ロクサーヌが立っていた。


「ロ、ロクサーヌの姉御あねご

「あ、姉御!」


マドレーヌ、タバサがロクサーヌを呼び、ジョルジエットが問う。


「あ、あ、姉御! お、お、王都へ帰って来たんですね?」


しかしロクサーヌは、ジョルジエットの質問には答えず、はっきりと言い放つ。


「軽はずみなお前達の行為、言わば不身持ふみもち……厳罰ものだ!」


補足しよう。


不身持ふみもちとは、 品行の悪い事。

また、そのさま。

ふしだらとも言う。


つまり、「お前達は、異性関係がだらしない!」

ディーノと楽しそうに語らう鋼鉄の処女団メンバーの様子を、

ロクサーヌは厳しく指摘したのだ。


「ふ、不身持ちぃ!? 私達があ!?」

「厳罰ものぉ!?」

「あ、姉御ぉぉ!!」


「シャラップ! 問答無用! お前達3人は、ディーノ・ジェラルディが、ステファニー様の婚約者だと、はっきり認識していたはずだ!」


「そ、それは!」

「でも! ディーノ本人がきっぱりと否定を」

「そうです、自分はステファニー様とは、もう全然無関係だと言ってました」


「黙れぇ! お前達! 問答無用と言ったはずだぞ!」


「…………」

「…………」

「…………」


遂に無言となってしまったマドレーヌ、タバサ、そしてジョルジエット。

しかしニーナが猛然と抗議する。


「ちょっと! 酷いじゃないですか?」


「……お前は誰だ? ウチのメンバーと何をしている?」


「私はニーナ、この飛竜亭の従業員です」


「は! 従業員が客と飯を食っているのか?」


「今はプライベートの時間です。それより理不尽じゃないですか? いきなり乱入して来てあの振る舞い、折角の楽しいデートが滅茶苦茶です!」


「ニーナとやら、お前は私の話を聞いていなかったのか? 婚約者が居る男とデート? お前も極めて不埒ふらちな女だ!」


「不埒な女? 馬鹿な事言わないでくださいっ! 貴女こそ、マドレーヌさん達の話を聞いていなかったのですか? ディーノさんはあの人とはもう『無関係』です!」


「いや! 無関係ではない! ディーノ・ジェラルディはステファニー様の婚約者、厳然とした事実だ」


「そんなの無効です。ディーノさんは全く認めていません」


「いや、ディーノが認める認めないなど全く関係ない! ステファニー様が仰れば、それは事実となり、現実となる。カラスが白だと仰れば、それが事実となり、世界のルールともなるのだ」


「世界のルール!? 貴女何いってるんですか!! そんな無茶な!!」


「無茶ではない! 大事な事だから、もう一度言うぞ! ステファニー様が仰れば、それが事実であり、現実なのだ」


ニーナの言葉を真っ向否定し、カルメンが重々しく告げた。

しかし!


「それは違うな、ロクサーヌ」


「な? お前は」


「辺境伯の小娘如きに、一流とうたわれたランカー冒険者のお前が何故、そう入れ込むんだ、ロクサーヌ」


苦笑しながら立っていた偉丈夫は……

この店の主ガストン・バダンテールであったのだ。

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