第73話「最後の使者③」
「おいおい、また店でナンパか? 懲りない奴って際限なく居るもんだ」
取り囲む男達の背後から、別の若い男の声がした。
驚いたタバサの視線の先には……
コック姿の少年が、苦笑しながら立っていた。
『獲物』を捕獲しようとする行為を邪魔された男達は、当然いきり立つ。
「ごら! 人の恋路を邪魔するな!」
「てめ、引っ込んでろ!」
「コックはよぉ、厨房へ引っ込んで美味い料理を作ってりゃ良いんだよ!」
喧嘩慣れしているらしき男達は、凄い形相で少年を睨み付けた。
しかし少年には臆したところが全くない。
男達を尻目にタバサへ話しかけて来る。
「お客様、ひとつ確認です」
「は、はい?」
「お客様は男子との出会いを求めているのではなく、ウチで食事を楽しみたいのですよね?」
「は、はい。そうです。とても迷惑してます」
「了解です!」
大きく頷いた少年は、
「だそうです。皆さんは大人しく、ご自分のお席にお戻りください。それと店主の方針で店内でのナンパ行為は厳禁となっております」
「んだとぉ!」
「てめぇの言う事なんか、聞けねぇ!」
「かっこつけるんじゃねぇ!」
「警告します……俺の指示に従って、楽しくお食事して頂けませんか?」
「ガキの指示に従うなんて嫌だね!」
「こんな店、粉々にしてやる!」
「ぶっ殺すぞ」
「ガキの指示に従うなんて嫌だ、こんな店、粉々にしてやる、ぶっ殺すぞ、ですか?……ええっと、これまで発した皆様のお言葉で、脅迫罪と威力業務妨害罪が成立しました。皆様の当店への出入りを永久に禁止とさせて頂きます」
「はぁ? 俺達が永久に出禁だとぉ!」
「ふざけるなっ!」
「生意気な! ひねりつぶすぞ、くそガキ!」
「……相変わらず口が悪く、騒がしい方々ですね。このままだとこのお嬢さん始め、他のお客様方が大迷惑だ。外でじっくり話しましょうか?」
「おう、二度とへらず口が利けないようにしてやる!」
「ガキ、てめぇは再起不能決定だ!」
「ばらして、どっかの森へ捨ててやる!」
少年は促すように手を「ふいっ」と動かした。
頷いた男達は、怒りに満ちた目で少年をにらみつけている。
呆然とするタバサや周囲の客達を残し、少年と冒険者の男達はは出入り口から外へ出て行った。
そして、「死ね!」「殺すぞおらあ!」「地獄に行けえ!」
という男たちの声。
ぼむ、ぽん、ぱす、という軽い音がした後、
「ははは。これで正当防衛が成立……ですね」
とひどく落ち着いた少年の声が聞こえ、
ガス! ドカ! バキ! と重く肉を打つ鈍い音がした後、
外はし~んと、静まり返った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから……10分ほど経ち、少年が戻って来た。
気になったタバサが見やれば……
少年の顔には殴られた跡もないし、着ているコック服も乱れていない。
話はなんとか無事についたようだ。
少年はまっすぐカウンターに座るタバサの方へ歩いて来た。
タバサの傍らに立ち、淡々と告げる
「……お待たせしました。奴ら、少し暴れたんで、戦闘不能にして、衛兵に引き渡し、話は済みましたよ」
「え?」
「奴らは今後、この店には絶対来ないし、もしも道で会っても、こそこそ貴女を避けるでしょう」
「えええっ!?」
「万が一、絡まれたら、すぐ俺に言ってください。……もう容赦しませんから」
「…………」
と、ここで。
先ほどタバサを案内し、対応した少女――ニーナがすっ飛んで来た。
「ディーノさんっ! だ、大丈夫? 怪我はない?」
「え? ディーノ?」
驚くタバサを他所に、ディーノと呼ばれた少年は微笑み、
「ああ、ニーナさん。大丈夫だ」
と答え、厨房へ消えて行った。
思わずタバサは、ニーナへ尋ねる。
「あの! お姉さん! 彼がディーノなの?」
対して、ニーナは短く答える。
「そうです」
少しニーナの表情が険しい。
先ほど、タバサがディーノの事を聞いたのを憶えているようだ。
だがタバサの疑問は解消しないし、却って深まる。
「でも、どうして?」
「でも、どうしてって? 何がですか?」
「ディーノ・ジェラルディは冒険者、それもランカーのはずでしょ? 何故、料理人をしているの?」
「…………」
今度もタバサの質問に対し、ニーナは沈黙で戻した。
だが今回、タバサは諦めない。
「どうして黙ってるのよ? 教えて!」
「……お客様、従業員のプライベートに関してはお答え出来ません」
残念ながら、同じ答えが返って来た。
否、微妙に違う。
そうタバサは気が付いた。
この子は先ほど、ディーノを『客』と言った。
でも今は『従業員』だとも言う。
それって、もしや……
考え込んだタバサは確認といくつかの推測を導き出した。
併せて論点も整理する。
ディーノ・ジェラルディの腕っぷしは強いのは改めて確認出来た。
また彼は飛竜亭では『単なる客』という『立ち位置』ではない。
店主やスタッフと、とても近しい間柄なのだ。
そして厨房を手伝っているくらいだから、料理の腕もある。
更に仲間のマドレーヌだけではなく、このニーナというスタッフの子も、
ディーノに好意を持っていそうだ。
そもそも貴族令嬢ステファニーという婚約者が居る事くらいだから、
女性には案外もてる?
直接やりとりして分かったが、性格だって、がつがつしていない。
優しいし、素直そうだ。
顔だって、マドレーヌの話ほどカッコよく、イケメンってわけじゃないけれど、
実際に見たら……まあまあいける。
強くて、優しくて、性格よくて、顔も中々……
結構、私の『好み』かも……って、うわ! ヤバイ!
気持ちが浮わついてる?
そうだ!
ディーノと直接話す良い方法がある!
「どうしました? お客様?」
「え?」
つらつら思いをめぐらせていたタバサは、ニーナの声に考えるのを中断された。
慌てて、取り繕う。
「い、い、いえ、何でもありません。それより……頼んだ料理、まだですかねぇ?」
「……少々、お待ちください。上がったらすぐお持ちします」
「は、はい、お、お願いします。つきましては、料理の説明もお願いしたいのですが」
「料理の説明?」
「はい! 『シェフ』のディーノさんから直々に! 私、実は料理好きで、興味がありますから」
「はあ……」
タバサが思いついた作戦とは……
料理の説明にかこつけて、ディーノと話す事である。
ぎこちないやりとりの末、ニーナは訝し気な表情で引き下がって行った。
一方、タバサは期待と不安を胸にひたすら料理を待ったのであった。
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