第72話「最後の使者②」

「ええっと……ディーノ・ジェラルディはどこかしら?」


飛竜亭へ足を踏み入れたタバサは、混雑する店内を見回した。


今の時間は夕方遅く、まもなく夜となる。


要領良く、早めに依頼を終えた冒険者達が、一日の疲れを癒す為、

飛竜亭のような居酒屋ビストロへ繰り出し始める時間なのである。


タバサは記憶力が良い方だ。

魔法使いらしく観察力にも長けている。


マドレーヌとジョルジエットから、

ディーノの顔付き、背恰好の特徴は詳しく聞き出していた。

その特徴と付け合わせして、じっくり見ても、

客席にディーノらしき者は見当たらない。


もしかして、運悪く今日は不在かもしれない。

と、タバサは思った。


しかし合理主義のタバサは全くの無駄足を嫌う。

「何も成果なし」という結果には、到底我慢出来ない。


但しタバサは、ディーノが不在の時の場合も考えてはいた。

その場合、一般客を装い、飛竜亭の関係者へ聞き込みをする。


「転んでもただは起きぬ」という言葉が、タバサは大好きだ。


せっかく出向いたのだから、何とか、少しでも手がかりを掴む。

ディーノの情報を持つのは、メイド服を着たこの店のスタッフに違いないのだから。


ここまで考えたタバサに、声がかかった。

偶然だが、声をかけたのはニーナであった。


「いらっしゃいませぇ、お客様はおひとり様ですかぁ」


「は、はい! 彼氏が居ないおひとり様、い、いえ! ち、違いますっ」


「え、ええっと……ではカウンターで宜しいですか?」


「り、了解! OKですっ」


「は~い、カウンター席1名、ごあんな~いっ」


ニーナにより、一番端っこのカウンター席に案内されたタバサは、

注文を聞かれた。


「お客様、まずお飲み物をお願いします」


実は……タバサは下戸。

一滴も酒が飲めない。

当然、ノンアルコールをオーダーする。


「ええっと……アイスティで」


「……かしこまりました」


飛竜亭のような居酒屋ビストロに来る客はまず「酒が目当て」の場合が多い。

次には、「美味しい料理が楽しみ」という順番なのだ。

しかし酒は不要で、料理が一番という客だって居る。


こんな場合、たまに……


「お客さん、飲めないんですか?」


と聞くスタッフが居る。


しかし店主ガストンにより、余計な事を聞くのは野暮という経営方針が、

飛竜亭では徹底されていた。


それ故、ニーナは普通に注文を受けたのである。


注文したアイスティが来る間、タバサは改めて店内を観察した。

やはりディーノらしき者は居ない。


間もなく……オーダーしたアイスティが運ばれて来た。

琥珀色の紅茶が満たされたグラスはとても良く冷えていて、凄く美味しそうだ。

ひと口飲んだタバサは、


「美味しい!」


と小さく叫んだ。

傍らに立っていたニーナが微笑んだ。

料理の注文を待っているらしい。


少し間を置いて、


「お客様、お料理は?」


と、ニーナが尋ねて来た。


このような場合の対策もタバサは立てている。


「おすすめの料理をふたつお願いします」


「かしこまりました! 私のお薦めでも良いですか?」


「ええ、それで構いません。……それと」


「はい?」


「冒険者のディーノ・ジェラルディって、この店に良く飲食に来るのかしら?」


「…………」


「ねぇ、どうなの? 今は居ないみたいだけど……」


「申しわけありませんが……ウチのお客様の個人的な事にはお答え出来ません」


「お答え出来ないって……」


「では失礼致します」


「ちょっと……」


ディーノの名前を出した途端、

スタッフ……ニーナの態度が一変した。

取り付く島もないという頑なさが垣間見える。


逆に……

勘が鋭いタバサにはピンと来た。

あのスタッフの子は、絶対ディーノの事を知っていると。


タバサは安堵した。

情報源がまず、ひとつ出来たから。

どうしたら、上手くディーノの情報を聞き出せるのか……

タバサはじっと考え込んでいた。


と、その時。


「ねぇ、そこの君。見た事あるよ」

「可愛いねぇ、冒険者だろ?」

「確か、この子、女子ばっかのクランの魔法使いだ」


タバサが、ハッとして見やれば……

いつの間にか……

冒険者らしき『若い男の3人組』に取り囲まれていた。


考え事に集中し過ぎて、男達が近寄って来たのに、気付かなかったらしい。


はっきり言って、ナンパだが、下手をするとどこかに連れて行かれ酷い目に遭う。

タバサの勘が、そんな危険を告げていた。


とりあえず、関わりたくないので、一応断りを入れてみる。


「ほ、放っておいてください」


しかし、男達には諦める気配がない。


「いやいや、おひとり様じゃ寂しいだろ?」

「俺達と、どこかへ遊びに行こうぜ」

「ぱあっと、楽しくやろうぜ」


「け、結構です!」


「結構? じゃあOKって事か?」

「よっしゃ、行こう」

「男って奴を教えてやるぜ」


どんどん『ヤバイ雰囲気』になっている気がする。


しかし、素手では3人の男達に敵いそうにない。

 

だが、ピオニエ王国の法律で、王都内での攻撃魔法行使は原則禁止。

下手をすれば過剰防衛になってしまう。

だから、やたらに魔法を撃つわけにもいかない。


「た、助けて!」


と、思わずタバサが助けを求めた瞬間。


「おいおい、また店でナンパか? 懲りない奴って際限なく居るもんだ」


取り囲む男達の背後から、別の若い男の声がした。

 

驚いたタバサの視線の先には……

『コック姿の少年』が、苦笑しながら立っていたのだった。

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