第68話「復讐⑥」
再び、ロシュフォール伯爵邸……
屋敷の最奥にある、ウスターシュの書斎にてふたりの男が応接の長椅子に座り、
向かい合って話していた。
ひとりはこの屋敷の主ウスターシュ・ロシュフォール伯爵、もうひとりはウスターシュの腹心、衛兵隊長のギョーム・アンペール騎士爵である。
ウスターシュの部下達は戸惑いを隠せない。
先ほど辞去したはずのギヨームが再び戻って来たからだ。
部下達同様、ウスターシュとギヨームの当人達も不可解で訝し気な表情をしていた。
今回起こった事に関して、全くわけが分からないのだ。
だがふたりが起こった出来事をそれぞれ話し、すり合わせて行くと、
ようやく真相が見えて来た。
「念の為、聞こう、ギヨーム。お前……本当に本物だろうな?」
「閣下、私は正真正銘の本物ですよ」
「ふうむ……まあ、良い。では話を整理するとこうだな。……ギヨーム、お前がブリアックを訪ね、例の宿屋で会った時、既に相手は偽物だった」
「そうです、偽物でした」
「いつものように打合せをしていたら、急にブリアックが
「多分、そうです」
「多分? まあ良い。それでそいつがお前と入れ替わり、俺の屋敷へ来た」
「だと思います」
「そしてお前のふりをして俺と話し、いきなり豹変して殴りかかって来た。無防備だった俺はお前同様気を失い、気が付いたら奴は逃げた後だった」
「そういう事になりますね。でも閣下はそいつを見て、偽物だとは分からなかったのですか?」
「その質問、そっくりお前へ返してやる。お前はブリアックが偽物だとは見抜けなかったのか?」
「は! 残念ながら……」
「ううむ……俺もだ。……犯人は何か特別な魔法を使っているとしか考えられぬ。それもとんでもない魔法なのは間違いない」
「閣下の仰る通りだと思います」
「俺の調査によれば、ブルダリアスのじじいは軍人でありながら、ずっと魔法の研究を続けていたという。もしかしたら……奴は変身出来る秘術魔法を得て、生前、誰かに託した。そう考えると全て
「な、成る程、凄い! 閣下のご推察は相変わらず鋭いですね」
「うむ! もしもその秘術魔法が俺のものになれば何でも思いのまま、誰にすり替わっても絶対に気付かれぬ。たとえ我が国王にでもな。くくくくく……」
「いやぁ! こんな国の国王など……閣下はもっともっと上に行かれる大器だと私は信じておりますよ」
「ちっ! いくら世辞を言っても何も出んぞ、ギヨーム。その上、こんなものまで置いてあった」
憎々し気に舌打ちをしたウスターシュは手紙を持ち、ひらひらさせた。
「は? 閣下、それは手紙……ですか?」
「そうだ! 差出人不明のな。まあ、中身をお前に見せる事は出来ぬ」
「中身を?」
「うむ! この手紙、俺とお前の違法行為やその証拠品を押さえたとある」
「えええっ!? そ、それはまずいのでは!」
「当たり前だ! お前に言われんでも分かっておる! この手紙には証拠品を返して欲しくば、明日の夜8時、王都郊外の放棄された旧闘技場へ、俺ひとりだけで来いとも記しておるのだ」
「か、閣下おひとりで!? そ、それで……証拠品とやらのお心当たりは?」
「うむ! 確認したら、結構な数の書類が書庫から盗まれていた。くそ! 奴ら、書類を種に俺達を
「という事は、犯人は閣下の金が目当てだと?」
「そうとしか考えられぬ」
「成る程、犯人は空き家になったブルダリアス邸を探索調査したという、あのガキでしょうか?」
「分からん! だが、そのガキを確保しておいてなんらデメリットはない。ギヨーム! 衛兵隊へ命じてすぐに身柄を取り押さえさせろ」
「了解です! 閣下、罪状は適当に作りましょう」
「ああ、お前に任せる。もし抵抗したら殺しても構わん。それと、全く別の奴が犯人で金の要求がある可能性だってある。だから、衛兵隊選り抜きの奴らに出動待機をさせておけ」
「は! かしこまりましたっ!」
ギョームは「すっく」と立ち上がり、勇ましく敬礼をした。
そして慌ただしく、書斎を出て行ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
所変わって……
中央広場より少し離れた、一般市民が住む街区の奥まった一画、妖精猫ジャンの隠れ家。
先に打合せをした時と同じメンバー……
ディーノ、ジャン、ケルベロス、オルトロスの4名が揃っていた。
まずはジャンが報告を入れる。
『ディーノ、やっぱウスターシュは根っからの悪人だ。お前の手紙に記した勧告を反省もせず、一切無視しやがった』
『そうか……』
『お前がいわゆる性善説って奴を信じたいのは分かる。だが何を言っても理解せず、懲りない奴ってのはいつどこにでも居るものさ』
ディーノは考え抜いた上、入手した数々の証拠と引き換えに、ふたつの交換条件をウスターシュへ出した。
お前の悪行は全て掴んでいると。
ディーノは願いが叶わなかった悔しさに顔をしかめる。
出来れば、ウスターシュ・ロシュフォール伯爵には己の犯した数々の悪行を省みて欲しかったと。
その交換条件とは……
これまで犯した罪を認め、まず衛兵隊を任された職務を辞す事。
そして、誰もが行きたがらない、過酷だと噂される魔境に接した北方の砦へ行き……王国を守る為に魔物との戦いへ身を投じる事。
そう置き手紙に記したのだ。
何故、そのような条件提示をしたのか?
幽霊となったグラシアンの心を読んだディーノには分かっていた。
冤罪で投獄され、獄死……
最後に酷い仕打ちを受けたが、グラシアンは故国ピオニエ王国を心の底から愛していた。
単にウスターシュを殺したり粛正するよりも……
死に勝る過酷な償いをさせ、王国へ命をかけて奉仕させる方が、
亡きグラシアスは喜ぶのではと考えたからである。
だがディーノの思いは全く通じなかった。
ウスターシュはディーノの条件提示を全く受け付けず無視した。
それどころか、罪をでっちあげる理不尽な捕縛命令までも出して来た。
先ほどまでウスターシュと打合せしていたギヨームは……
またもジャンが変身した『偽者』であった。
だから、ウスターシュが出した『ディーノ捕縛命令』は当然衛兵隊へ伝わってはいない。
ディーノはブリアック達に襲撃された事から、自分が狙われた標的だと認識している。
もしもウスターシュから理不尽な捕縛命令等を出されたら、ディーノは一時身を隠すしかない。
しかし自分だけ狙われるのならまだ良い。
ガストンやニーナなど飛竜亭の者達へ大きな迷惑がかかるのは確実だ。
それは非常にまずい。
絶対に避けなければいけない。
大きな危険を見越したのと、ウスターシュの意思確認の為、
ディーノは再び、ギョームに変身したジャンを送り込んだのである。
『こうなったら、仕方がないにゃ。ディーノ、次の一手だにゃ』
『ああ、頼むぞ、ジャン』
本当に……もう容赦はしない。
徹底的にウスターシュを叩き潰す。
再び決意したディーノは暗い目をして、虚空を見つめたのである。
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