第59話「罠という名の旅③」

その夜……

ディーノは渓谷けいこくにて野宿のじゅくをした。


渓谷内で開けた見晴らしの良い場所に、小さなキャンプを設営したのだ。

ディーノの傍らには頼もしい用心棒ケルベロス、オルトロス兄弟が鎮座ちんざしている。


赤々とかれたかがり火にあたりながら、ディーノは満足感でいっぱいであった。

最優先の目的である『グラシアン・ブルダリアス侯爵の遺産』

幻の古代魔法を習得したからだ。


最初の発動で『大岩のゴーレム』を呼び出したディーノは、

魔力による操縦、制御の訓練を徹底的に行った。


最初は慣れずに、生成したゴーレムを意のままに動かす事が出来なかったが……

徐々に魔力制御が上手く行えるようになり、ゴーレムを自在に操れるようになったのである。


ゴーレムの力は半端ではなかった。


周囲の巨大な岩を軽々と持ち上げ、放り投げたかと思えば、

結構な速度で繰り出した拳はその岩をあっさり打ち砕いた。

動きも予想以上に俊敏で、そこそこの速度で走れる事も判明する。


魔法を解除し、ゴーレムを元の岩に戻したディーノは、

改めて亡きグラシアンの言葉を実感していた。


『それよりも我が発見した古代魔法をディーノ、汝に託せて嬉しい。きっとモノにしてくれ。そして王国の為、いや世界の為に役立ててくれ、それが我が志であり、幼き頃からの夢だった』


……グラシアンは、古代魔法を世界の為に役立ててくれと言い残して逝った。

そう、彼が世界の為にと告げたのは、けして大袈裟ではなかったのだ。


このゴーレムは恐るべき力を持っている。

世界に版図を広げたい邪な野望を持つどこかの王であれば、

強力な陸戦兵器であるゴーレムを見れば狂喜乱舞するであろう。


しかしグラシアンの意図はゴーレムを戦争利用する事ではない。

彼はピオニエ王国の軍務を担う軍人であったが、

平和を切望する心の波動をディーノは感じていた。


ゴーレムを怖ろしい魔物から人々を護る強力な盾とするのは勿論、種々の土木工事に活かして欲しかったに違いない。


加えて、ゴーレムは輸送業務にも役に立つ。

重い荷物を運ばせたり、馬の代わりに車を曳かせるのは勿論、

自らの身体が金属素材であれば、輸送先まで行かせ、先方で魔法を解除すれば、そのまま建材や資材として使う事も可能だ。

結果、様々な準備が不要であり、大幅なコスト軽減となる。


この恐るべき古代魔法を何者かが狙い、手に入れた上、

王国重鎮であるグラシアンを亡き者にし、その後釜の座も転がり込むとすれば……

陰謀を画策した犯人もおのずと絞られて来る。


今頃は、ジャンが何らかの情報を得ているはずだ。


そして、もしも犯人が明確になれば……

相手が王であろうと、貴族であろうと、容赦せず、

何らかの形でグラシアンの無念を晴らしたい。


くだんの魔法は習得出来たし、

ケルベロス達は先般の戦いぶりから分かる通り一騎当千の如く強力だ。


万が一敵が現れても、よほどの相手でなければ苦戦はしない。

ディーノは、はっきりと確信していたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


夜は「しんしん」とふけて行った。

もしも敵が襲って来るのなら、深夜か明け方……

ディーノはそう踏んでいた。


そして……

ディーノの予想はズバリ当たった。


夜明け少し前……

四方から……息を殺し、10名ほどの気配が忍び寄って来たのだ。

気配は凄まじい殺気を含んでいた。


まずはケルベロス、オルトロスが目を覚まし、ディーノも続いて目覚める。

3人は顔を見合わせ、にやりと笑う。


まるで誘蛾灯へ飛び込む小虫のように……

万全の態勢で用意していた罠へ、相手の方から飛び込んでくれたからだ。


『人数は12名か、ま、大した事はないだろう』


『兄貴、油断は禁物だぜ』


『ふっ、分かっておる! ディーノ、例によって飛び道具と相手の出方には気を付けろよ』


『まあ、すぐには殺しに来ないとは思うが、注意しろよ、ディーノ』

  

『了解! ありがとう、ケルベロス、オルトロス』


ディーノが礼を言うと、ケルベロスとオルトロスは素早くふた方向へ散った。

キャンプにはディーノひとりが残される。


罠――つまり、今回も囮作線おとりさくせんを取る。

つまり、ディーノが『餌』となり、襲撃者達をおびき寄せるのだ。


そして背後から回り込んだケルベロス達が襲撃者へ咆哮し、

驚かせ、大混乱させる。


ここでディーノが攻撃に転じる。

バスチアン案件同様、敵の首謀者リーダーを見極めて、

戦闘不能とし、確保、尋問する。

そのような段取りだ。


やがて……襲撃者達が姿を現した。

まだ200mほど離れているが、ディーノには相手の風体がはっきり見える。

……どうやら弓などの飛び道具は持っていないようだ。


くだんの襲撃者は、ディーノに気付かれたくない為か、ゆっくりと近づいて来る。


挑発してやろう……


それまで座っていたディーノは、襲撃者がすぐ逃げないよう、立ち上がる。

更に手を「ぶんぶん」打ち振った。

ディーノの行為を見た襲撃者は『挑発』だと受け取ったのだろう。


その瞬間!


「がはぁああああああああああああああっ!!!」

「がはぁああああああああああああああっ!!!」


落雷のような凄まじい咆哮と共に、「ごう!」と紅蓮の炎が天へ噴き上がった。

びりびりと大気が振動し、地面までもが激しく揺れる。


ケルベロスとオルトロスの兄弟が連携し、襲撃者達の背後から、

凄まじい脅しをかけたのであった。

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