第58話「罠という名の旅②」

ここは……

妖精猫ジャンから得た情報で知った王都のやや北方、人間が滅多に立ち入らない小さな渓谷。


襲撃者に備え、『罠』を仕掛け終わったディーノは、

グラシアン・ブルダリアス侯爵から受け継いだ古代魔法を習得する為、修行を開始していた。


『罠の獲物』以外にも邪魔される事のないよう、ケルベロスとオルトロスの兄弟を索敵兼警護役として放っている。


王都からはそう遠くない場所なのだが、ゴブリン、オークそして人間の賊等が数多出没するからだ。


周囲は広葉樹、針葉樹の混在した広大な森である。

目の前には、洪水により運ばれて来たらしい大岩がいくつもあった。


また最奥には崖から流れ落ちる小さな滝があり、滝壺は泉を形成していた。

ちなみに、この渓谷にはこのような滝が数多あまた存在すると、

ジャンは教えてくれていた。


「王都に比べると、大気が澄んでいて気持ち良いなぁ」


ディーノは呟いた後、早速魔法発動の訓練へ入った。


師ロランが特別な方法で魔法を『心』に刻んでくれた方法とは違い、

常人であり、単なるいち研究者であったグラシアンは発動の際に使用する言霊を教えてくれたのみである。

その為に習得の訓練をしなくてはならない。


ちなみにどのような種類の魔法発動でも手順はおおむね同じである。


簡単に言えば、まず呼吸法で体内魔力を高め、精神を集中させ、高値安定させる。

その上で言霊を詠唱し、発動する。

更に上級魔法発動の場合は特別の言霊を発動の『決め』として重ねて詠唱する。


また魔法発動にも武技同様熟練度がある。

究極の熟練度は、心に発動の意思を浮かべ、無詠唱で瞬時に発動するものである。


師ロランは、ディーノへ伝授してくれた魔法を無詠唱で発動出来るほどであった。

それ故、心に刻まれた形で受け継いだディーノもほぼ無詠唱で発動が可能なのだ。


閑話休題。


呼吸法で体内魔力を高めたディーノは、言霊を詠唱する。

少しでも時間があれば、魔力を込めず心の中で繰り返し唱えていたので、

詠唱は円滑である。

他者には秘する魔法なので、当然ながら詠唱は念話で行う。


地界王アマイモンよ! 母なる大地を統括し、全ての鉱物と繁茂を支配する高貴なる界王よ! なんじわれまことことわりとする大いなる力を与えよ!』


ここまで詠唱し、ディーノは上級魔法のあかしである決めの言霊で締める。


真実エメット!』


しかし……

周囲の風景に変化は全く無く、何事も起こらなかった。


さすがに究極の上級魔法だとディーノは思う。

やはり一筋縄では行かないのだ。


疑り深い者は、グラシアンの話が『真赤な偽り』であるやもしれぬと考えるかもしれない。

だがディーノはそうは思わなかった。


無念の死を遂げたグラシアンが、己の生きたあかしをディーノに託してくれたのだ。

彼の気持ちと言葉を疑う余地など全くない。


ちなみにディーノが助力を要請した地界王アマイモンは、大地の精霊ノームを支配する上級精霊であり、高貴なる4界王と呼ばれるうちのひとりである。


つまり……

ディーノが行使しようとする古代魔法は超難度の精霊魔法でもあるのだ。


「よし! 何回でもやるぞ! 習得するまでけして諦めない!」


気合を入れ直す為に肉声で叫んだディーノは改めて発動の準備にかかったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


最初の発動挑戦から、既に3時間が過ぎた……

もう陽は西へ傾き、まもなく沈もうとしている。


いまだにディーノは古代魔法発動に成功していない。

常人なら、諦めるか少なくとも休憩くらいは取るはずだ。


しかしディーノはぶっ続けで発動に挑んでいる。

とことんやりたいという根性とぶれない集中心がディーノの修業を可能としていた。


また不思議な事に体内魔力量の減少を感じない。

むしろ発動に挑めば挑むほどに満ちあふれて来る気がする。


よし、後もう1回だけトライだ!

ディーノはそう決めて、再び発動に挑む。


今夜はこの渓谷で野宿をするつもりだ。

魔物は勿論、狼も夜に行動を活発化させる。

捕食者襲撃に備え、早めに安全に眠れる場所を探さなくてはならない。


ディーノは目をくゆっくり閉じる。

念話で詠唱を開始する。


『地界王アマイモンよ! 母なる大地を統括し、全ての鉱物と繁茂を支配する高貴なる界王よ! なんじわれまことことわりとする大いなる力を与えよ!』


ここで、ディーノは軽く呼吸する。


真実エメット!』


決めの言霊を叫んだ瞬間、不思議な感覚がディーノの心を捉えた。


確信する。

遂に禁断の古代魔法を習得したと。

ベタな言い方をすれば、ディーノは魔法発動のコツを掴んだのだ。


その魔法の効果を受けてなのか……


めきめきめき!


ディーノの前にある大岩のひとつが突然異音をたてた。


めきめきめき!


更に異音をたてた大岩には、

何と!

顔や胴体が形成され、手足も伸びて行く。


……やがて人型となった大岩は、ゆっくりと立ち上がる。

ディーノが見やれば、身長10mほどもある岩の巨人であった。


立ち上がった巨人は、独特な大声で吠える。


「ま!!!」


ディーノが挑んでいた古代魔法とは……

高貴なる4界王のひとり、地界王アマイモンの底知れぬ力を発揮させた、

金属は勿論、岩や土でもゴーレム化させる、大地生成の秘術であった。


「や、や、や、やったぁぁ~~っ!!!」


思わず、渓谷中に響き渡るくらい大きく叫んだディーノは、

更に念話で言葉を続ける。


『つ、遂にっ!!  遂にやったぞぉ~!!! こ、侯爵! い、いえ父上!!! み、見ててくれましたかぁ!!!』


ディーノは懸命に、亡きグラシアン・ブルダリアス侯爵へ呼びかけたが……

残念ながら応える声はなかった……


しかしディーノは構わずに、

声よ天へ届け! とばかりに心の中で叫び続ける。


『父上!! 果たせなかった貴方のおこころざしを!! 俺は確かに受け継ぎましたぁ~~!! 絶対にこの魔法を世の為に! 大きく大きく! 役に立ててみせますよぉ~!!』


目の前の巨人を見ながら……

ディーノは念話で固く固く誓っていた。

そして魔法発動の成功に打ち震え、歓喜のこぶしを高々と突き上げたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る