第57話「罠という名の旅①」
旧ブルダリアス侯爵邸の『調査』が済んだ翌日の午前11時過ぎ……
ディーノは、冒険者ギルドのサブマスター室に居た。
午前10時に冒険者ギルドへ赴いたディーノは、一旦ネリーに話を入れた上、
発注者であるブランシュの下へ、依頼完遂の報告に参上したのだ。
「ええっと、サブマスター」
「ふふ、私もこの前みたいにブランシュと、名前で呼んでくれるかな?」
「わ、分かりました、ブランシュさん」
「宜しい! 早速だけど、依頼は完遂したようね」
「はい、まだブノワさんの最終確認が残っていますが、結局、幽霊は出ませんでしたし、それに具合が悪くなるなどの事象もありませんでした」
「そう……全く異常なしって事? まあ、ディーノ君が無事戻ったのが何よりの証拠よね?」
「はい! この通り元気でピンピンしていますから」
腕まくりして、小さな力こぶを誇示、必要以上に『無事』なのをアピールしたディーノではあったが……
さすがに、『真実』は話せなかった。
亡きアルドワンの幽霊と出会い、彼から秘められた真相を知ったなどとは。
そしてもっと大切な事がある。
「無念のうちに獄死した、グラシアン・ブルダリアス侯爵の
とも、けして言えないのだ。
グラシアンが昇天する際に託してくれた、彼がこの世に生きた
「あの屋敷の問題が単なる噂に過ぎないのであれば、ノープロブレムね」
「はい、ノープロブレムです」
「で、あれば! 近日中にブノワさんの指示でラバン商会が最終確認をしたら、貴方はトータル100枚の金貨を受け取れるわ」
「依頼を完遂したのは、どうすれば分かるのですか?」
「ギルドから連絡を入れますから、待っていて。連絡先は飛竜亭で良いかしら?」
「はい、構いません。飛竜亭宛でお願いします。但し明日から1週間くらい暫く依頼を兼ねた旅に出ますから、ガストンさんあたりへ、伝言しておいてください」
「依頼を兼ねた旅?」
「はい! ネリーさんから依頼を受けまして、薬草採取の無期限依頼を受諾しました」
薬草採取の無期限依頼とは……
特に期限的なリミットを設けない依頼である。
冒険者が採取可能な時に、回復系含む各種の薬草をギルドへ納品するという、
初級冒険者向きの依頼なのだ。
デビューしたディーノが、いきなり高難度の依頼をこなすとは思っていなかったネリーが、気遣って用意してくれていた案件である。
「へえ! 結構稼いだのに働き者ね、ディーノ君は。その意気込みなら、私と同じランクAに昇格するのもまもなくね」
「いえ、父もランクBの冒険者でした。父曰くAとBの間にはとても高い壁があるとか。……だから焦らずじっくりとやって行きますよ」
「うんうん、その通り! 焦りは禁物。でもディーノ君はやはり冒険者になるべくしてなった、そう思うわ」
「はい!……俺、頑張ります、報奨金は前回同様ギルドにキープしておいてください」
「了解!」
しかし……
ブランシュへ伝えたディーノの旅には、名目となる薬草採取の依頼をこなす以上に、ある特別な『思惑』があったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝……
王都北正門を出たディ―ノは、わざとゆっくり歩いている。
周囲を注意しながらも、考えているのはグラシアン・ブルダリアス侯爵を陥れた憎き犯人の事ばかりである。
古参の名門で上級貴族たるグラシアンを破滅させて一番喜ぶのは誰だろうと、
ディーノは改めて考えていた。
暫し歩き、ひと目のないところで、ディーノはケルベロスとオルトロスの兄弟を呼び出していた。
ケルベロス達は目立たぬよう、第二形態、つまり毛並み違いの灰色狼風の容姿である。
また
そう、現在ジャンはディーノの指示で王都に残り、ある調査をしていたのだ。
しばらく王都を離れていた上、平民であるディーノは、ピオニエ王国の貴族社会事情には明るくない。
王国軍の軍務統括というグラシアンの地位を狙っていたのは何者であるかも不明である。
そこでディーノは『世界一の情報通』を自称するジャンに、貴族社会の内情とグラシアンに敵対していた勢力の詳細を調べるよう命じた。
もしも『敵対勢力』が存在し、依頼を受けた冒険者ディーノがブルダリアス侯爵邸を探索調査をしたと知れば……奴らが何らかの動きを見せるかもしれないと考えたのだ。
獄死した当主の幽霊が出ると噂されたブルダリアス侯爵邸で、もしや何かがあったのかと勘繰り、最悪、ディーノを襲撃し、自白を強要して来る可能性もある。
その際、飛竜亭の面々が巻き込まれ、迷惑がかかってはまずいと、
ディーノは考え先手を打ったのである。
また旅の目的はもうひとつあった。
むしろこちらの方が優先するかもしれない。
すなわち、今回グラシアンから受け継いだ古代魔法の習得及び訓練である。
亡きグラシアンによれば、当該魔法は『秘中の秘』だという。
そして王都の街中より、人けのない野外で訓練する方が向いているらしい。
ここでもジャンの『情報』が役に立った。
相談したら、王都のやや北方に、人間が滅多に立ち入らない小さな渓谷があるという。
そのような場所なら人知れず行う古代魔法の修行にはピッタリだ。
歩きながら、ディーノは改めて周囲を索敵した。
ケルベロス達にも調べさせたが、まだ自分を害そうとする存在は感知出来ない。
ディーノは、ジャンに教えて貰った街道から分かれる脇道へ入る。
魔法訓練の目的地である渓谷へ向かう道であった。
渓谷は最適な訓練場所であると同時に、そのまま罠ともなる。
脇道を暫し歩くと、ジャンの情報通り、渓谷が見えて来た。
やはり人影はない。
とりあえず……
魔法の修行をしながら様子を見る事としよう。
そしてもしも『敵』が現れたら、手がかりを得る為にぶちのめして吐かせよう。
冒険者として日が浅いディーノだが、
ふたつの大きな依頼をこなし、ランクBに昇格した事で、徐々に風格が出て来ていた。
油断は禁物なのだが、どんな敵が現れても不安はないと感じている。
ケルベロス達、頼もしい戦友も居るから尚更心強い。
渓谷の中心に到着し、ディーノは周囲を下見した。
小さな川が流れ、周囲には洪水の際、流れて来たらしい巨大な岩がいくつかある。
身を隠し、盾にするにはぴったりの岩である。
この場所を『罠』としよう……
襲って来る敵を想像し、ディーノは怖れるどころか、不敵に笑ったのである。
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