第54話「幽霊の遺産⑥」

3人は引き続き、ブルダリアス邸内を探索して行く。


玄関から入って、まずは地下倉庫、続いて大広間、召使いの部屋、厨房、数多あまたの客室などを回っていったが何もない。

王国により、調度品も競売にかけられた為、物寂しく何もない部屋が続いた。

新たな発見も全くない、単調な探索である。


ネリーに聞いたところ、ラバン商会のブノワとと不動産鑑定人は邸内を見回るうちに体調不良になったという。

しかし邸内に入ってだいぶ経ったが……ディーノを始めとして、全員が元気である。


『噂の幽霊』も出現せず、ディーノはともかくケルベロスとジャンは意気込みが完全に空回りしていた。


『これしきで俺達3人の参加は大仰すぎる。まあジャンのデビュー戦には相応しいだろうがな』


『ほっとけ! 確かにケルベロスの言う通り、こんな依頼如きで完遂したら金貨100枚ってのはおかしいぜ。絶対何かあるに違いない』


『ふむ、それはそうだ。うまい話にはヤバイ裏があると言うしな』


しかし、探索を続けたが、やはり何もない。

完全に拍子抜けしたジャンはこんな事まで言い出した。


『こりゃ、ディーノが冒険者ギルドのマスターやサブマスターから、えこ贔屓ひいきされたんだぜ、きっと!』


対してディーノが苦笑し、否定する。


『え~、そんな事は絶対無いと思うけど……』


と、言えば今度はケルベロスが、


『いやいや……世の中には「絶対」こそ無いぞ、ディーノ』


『絶対こそないか……まあ、そうだな』


『うむ、あまり神経質になり過ぎるのも良くない。だが、物事にはほぼ表裏がある、それくらいは心がけておけ』


『了解! とりあえず依頼を完遂しよう。ええっと、探索して幽霊が出ないのを確認して金貨50枚、後日ブノワさんが再度確認して何もなければ金貨がもう50枚頂戴出来る、だったな……行こう!』 


『うむ! ほら行くぞ、ジャン!』

『バカヤロ! 犬っころが偉そうに! 俺様に対し命令するな!』


そんなこんなで……3人は邸内の隅々まで探索を続け……

結局、残すはブルダリアスの書斎のみとなった。


と、ここでケルベロスが反応する。


『ふむ……かすかに、亡者の臭いがするな』


『亡者? はあ? 本当かよ? 俺様は何も感じないぜ』


ジャンが首を傾げるが、ケルベロスはきっぱりと言い放つ。


『いや! 間違いない! 冥界で長らく門番を務めた俺の鼻は、けして亡者を見逃さぬ』


断言するケルベロスをディーノがフォローする。


『よし! ケルベロスの「鼻」を信じよう。皆、充分注意してくれ……入るぞ』


言い放ったディーノは、扉のノブに手をかけ、回した。

少し軋む音がして扉が開かれる。


3人は身構えながら……

かつてブルダリアスの書斎だった部屋へ、足を踏み入れたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


書斎も今迄の部屋と同様だった。

当たり前なのだが、書架もたくさんあったであろう蔵書も何も無かった。


しかしケルベロスは鼻を「ひくひく」させている。

やはり……

この部屋には『何か』があるのだ。


と、その時!

突如、ディーノの心に聞き覚えのない男の声が響く。


『聞け! 我が魂の求めに応じ、遠方より来たる者よ!』


『だ、誰だ!』


『ふむ、見たところ、なんじはまだあおき未熟な少年か……』


『まあ、確かに俺は未熟者ですけど……』


『……汝のような若輩じゃくはい如きが……志半こころざしなかばでたおれた、我の希望を継ぐ者なのか?』


『え? 志半ばで斃れた? 希望を継ぐ者?』


以前ロランの言葉がディーノの心にリフレインする。

『ディーノ、ズバリ言おう。君は偉大なる英雄「導き継ぐ者」なんだ』


ロランの言葉を信じ、ディーノは答えを戻す。


『ああ、確かに俺は、ある人から導き継ぐ者だと言われた』


『ほう! 汝が「導き継ぐ者」とは……成る程! 興味深い』


『何が? 何が興味深いのだ?』


『汝の全てだ!』


謎めいた声がひと際高くなった瞬間!


何かが出現する気配がした。

気配はとてもおぞましく、ディーノは鳥肌が立った。


同時に、ケルベロスが「ぱっ」とディーノの前にかばうように立った。

その様子を見たジャンも素早くケルベロスの傍らへ跳び、同じくディーノを護るように立ちはだかった。


ケルベロスは叫ぶ。


『しっかりしろ、ディーノ! 心を奪われないようしっかり保て! いろいろ、とりとめのない事を話し、心の隙をくのは亡者の常套手段じょうとうしゅだんなのだ』


そしてジャンも続く。


『大丈夫だ、ディーノ! ケルベロスと俺様がお前の盾となる! 安心しろ!』


『ケルベロス! ジャン!』


謎めいた声に引き込まれそうになった心が呼び戻された。

ディーノは慌てて気を引き締める。


やがて……

部屋に何か黒い影が立ち昇った。

どうやら実体を持たぬ精神体アストラルのようである。


何故なのか、精神体は笑っているようだ。


『ははははは! 凄いな、少年! ためらうことなく己の身を投げ出し、汝の盾となり護ろうとする者共は、人の子にはけして心を開かぬ恐るべき人外、魔族だぞ!』


精神体の話にペースを合わせてはいけない。

そうケルベロスから言われていたが、ディーノは、はっきりと言い放つ、


『……そうさ、お前の言う通り、このふたりは魔族! だが俺の戦友であり同志だ!』


『ははは、そうか? 汝の召喚魔法で契約し、無理やりいう事を聞かせている間柄ではないのか?』


『違う! 俺は確信出来る! 俺と彼等は出会うべくして出会った。魂の絆は固く結ばれている!』


『ふむ……』


『名乗れ、幽霊! お前は何者だ? もしも名乗らねば……お前の心を読む!』


『ほう! 我の心を? ……汝はそこまでの術者なのか?』


幽霊は感嘆したように言うと、


『良いだろう……我はグラシアン・ブルダリアス。爵位は侯爵。無実の罪で投獄され、失意の末、志半ばで果てた人の子だ』


幽霊――グラシアン・ブルダリアスが名乗ると、影が人の姿となって行く。

やがて影は、完全に人間の姿と化した。

ディーノが見やれば、老齢にさしかかろうとする人間の男性である。


『我の話をしよう。代わりに汝の話も聞きたい、叶わぬだろうか?』


まるで、すがるようなブルダリアスの眼差しを受け、ディーノはペンタグラムを握りしめた。


すると!

謎めいた内なる声が囁いて来る。

この者へ……お前の歩んだ人生を話してやれと……


『了解した、グラシアン・ブルダリアス侯爵。先に俺の歩んだ人生の道のりを話した上で、貴方の話を聞こう』


『おお、ありがたい! 恩に着る!』


何と!

貴族であったブルダリアスはディーノに向かって深々と頭を下げていたのであった。

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