第55話「幽霊の遺産⑦」
人外の幽霊となったグラシアン・ブルダリアス侯爵だが……
礼を尽くした上に頭まで下げられては、ディーノは彼の願いを拒絶しようとは思わなかった。
ディーノは改めて名乗った。
頭を下げてくれたブルダリアスには、丁寧な物言いで敬語を使うと決めた。
自分を俺と言う事は変えないが……
『俺はディーノ・ジェラルディという者です。冒険者の両親からここ王都で生まれました。今はふたりとも亡くなり、孤児となりました。いろいろあって暫く南方で暮らしていましたが、父の死をきっかけに故郷である王都へ戻って来たのです』
『ふむ……魔法の心得はあったのか?』
『いえ、殆どありませんでした。使えたのは生活魔法の初歩のみ……火をおこしたり飲み水を出すのが関の山だったんです』
『だが、ディーノ。汝からは凄まじい魔法の力を感じる。それは何故なのか?』
『はい、俺は王都に戻る途中、ジェトレ村において、ある墓地を掃除しました。それがきっかけで、志半ばで
『成る程……』
『その人は俺の夢に出て来て、魔法を授け、エールを送ってくれました。俺は、人生の
『…………』
『その能力者の称号が「導き継ぐ者」だと師匠は告げたのです』
『ふむう……それと、汝の着けているふたつの魔道具がとても気になる……我はまもなく消え行く身、教えてくれぬか』
ディーノは、暫し考えた。
亡霊のロランから受け継いだ護符ペンタグラム……
そしてジェトレ村の美しい商人クロティルドから、
絶対
それらの
再び、内なる心の声が聞こえて来る。
この者は――師ロランと同じだと。
『……分かりました。ひとつは師匠から受け継いだ形見のペンタグラム、そしてもうひとつは人生のリスタートに際して、ある人から「はなむけ」に贈られたルイ・サレオンの魔法指輪です』
『お、おおっ! おおおおおおおおおっ!』
案の定、ブルダリアスはひどく驚いている。
そしてディーノに新たな恐るべき秘密を教えてくれた。
『わ、我には分かる! そ、そ、そのペンタグラムと指輪は……元々、
『えええっ! 対!? そうなのですか!?』
『ああ、ルイ・サレオンの魔法指輪は知られた至宝だ。しかしその指輪と対になったペンタグラムの事は、それほど世には知られていない』
『そう……なんですか』
『だが! 我はいくつもの古文書ではっきりと目にした。……そのペンタグラムはルイ・サレオンが自ら造りし至宝なのだ!』
『す、凄いです』
『結局ふたつの至宝は、長き時と共に、いずこへ失われたと認識しておる』
『わあ、さすがに驚きましたよ、それ……』
『いやいや、驚いたのは我の方だ、汝ディーノにな』
『え? 俺にですか?』
『そうだ! 全てに驚かされる!「導き継ぐ者」たるお前の底知れぬ資質、至宝をふたつも引き寄せる計り知れない運、そして信じられないくらい誠実な人柄にもな』
『はは、資質と運は分かりますけど、誠実? 俺、そんなに善人ではないですよ』
『そんな事はない! 汝はけして人に心を開かぬ人外とも、素晴らしい友情を育める。とても驚かされた』
『ま、まあ……ふたりは戦友で同志ですから』
『うむ! そして初対面の、それも我のような幽霊の頼みを聞き、秘中の秘も明かしてくれるとは……死出の旅に良きみやげが出来た』
『褒められて素直に嬉しいです。俺、今迄、散々罵倒され、踏みにじられた人生を送って来ましたから』
『ははははは! その逆境を武器にすれば、ディーノ、汝は更に強くなれる』
『そうですか……』
『うむ! 間違いなく強くなれる。口惜しさと屈辱を大いなる力に変えよ、新たな人生の貴重な
『ありがとうございます!』
『いや、礼を言うのはこちらだ。まさに汝は我を導いてくれた。そして我が
『我が志?』
『ああ、念の為、我は魔法使いではない。だが長年王家には明かさず、幼き頃から大好きだった魔法の研究を密かに続けて来た。その成果たる極意をディーノ、汝へ託そうと思う』
『極意? 俺へ!? そんな大事なものをですか?』
『ああ、我はどんなに尋問されても……辛い獄中生活でも……けして秘密を明かさなかった。ズバリ汝へ託すのは誰も知らぬ古代魔法だ』
『誰も知らない古代の魔法ですか……そもそも、何故貴方は投獄されたのですか? お話ししている限り、とても悪人とは思えないのですが』
『……その事を含め、汝に全てを託したい。魔法で我の心を読め!』
『心を?』
『ディーノよ。汝は禁呪、読心の魔法を使えるという。我の心の中にある秘中の
ここまでやりとりをすれば、もうディーノに迷いはない。
ブルダリアスの申し入れを受けると決めた。
傍らに控えたケルベロス、ジャンも異を唱えない。
幽霊とはいえ、ブルダリアスから邪悪な波動は感じない。
却って無常観的な哀愁……
つまり『もののあはれ』さえも感じるからだ。
『分かりました! 果たせなかった侯爵の
『おお、おおお! ありがとう! 本当にありがとう!』
ディーノが改めて見やれば……
感極まったブルダリアスの目には、にじむ涙がはっきりと認められたのである。
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