第53話「幽霊の遺産⑤」

翌日午前……

無人の旧ブルダリアス侯爵邸にはディーノ、ケルベロス、そしてジャン、

3人の姿があった。


若干15歳の平凡な少年がひとりに、異様に大きな灰色狼、ひと癖ありそうな黒猫……という奇妙な組み合わせである。


ディーノがカギを開けて入った邸内は灯りがなく、真っ暗であった。


だが、ディーノは携帯用の魔導灯を用意していた。

兜や頭衣に取り付ける事が出来る便利なものであり、周囲を淡く照らしている。


装着した魔法指輪のお陰で、ディーノは夜目が効くようになっていたのだが、

今後の事も考え、念の為に購入したのである。


さてさて!

そして、案の定というか、魔獣ケルベロスと妖精猫ジャンの間には、

最初から不穏な空気が漂っていた。


召喚されてから……

ず~っと不満げなケルベロスが、鋭い視線を飛ばし、

ディーノを「ギロリ」と睨む。

いわゆる『ガン飛ばし』だ。


『おい、ディーノ』


『何?』


『何じゃない! 無断で「あんな外道」を仲間に入れやがって、俺は絶対に認めんぞ』


対して、反応したのは呼びかけられた&文句を言われたディーノではなく、

『あんな外道』とさげすまれたジャンである。

冥界の魔獣から馬鹿にされたジャンなのだが、怖がるどころか、全然負けていない。


『はぁ? 俺様が「あんな外道」だったらてめえは「くそ畜生」だろ~が! 「犬っころ」め!』


『なにぃ! 「くそ畜生」に「犬っころ」だと! おい、くそ猫! その口ふさげ! 噛み殺すぞ、てめぇ!』


『噛み殺すだと? ごら! こっちのセリフじゃ、駄犬! 俺様の爪で切り裂き、てめえこそぶっ殺す!』


『どうどうどう!』


口論がエスカレートしそうになった瞬間、

ディーノが仲裁に入る。


『待て! ジャストモーメント! ふたりとも適材適所って知ってるか?』


『はっ! 当たり前だ!』

『ふん! 常識だろうが!』


『じゃあ説明してくれ、まずはケルベロスから』


『ふん! 適材適所とはな、組織の中において、個々の能力に適した地位や任務につける事だ』


『当たり! じゃあ、次にジャン、説明してくれ』


『へん! 犬っころの簡単すぎる手抜きの説明に、俺様がしっかりと補足してやろう』


ジャンの物言いにケルベロスが反応する。


『はっ? 補足だと? お前こそ、楽しやがって!』


『ふん! スル~だ! 適材とはな、任務遂行に相応ふさわしい才能のある者、つまりこの俺、天才ジャン様の事だ。 適所とは相応しい地位や業務の事だが、超脳キンの犬っころなら、せいぜい俺様の使い走りか、絶対服従の下僕が丁度良いポジションってとこだな』


『何だと! 誰が超脳キンだ! 言うに事を欠いてこの俺がちんけなくそ猫の使い走り? 絶対服従の下僕? 死んでもお断りだ!』


『おお、なら一回死んでみるか、能無しの犬っころ』


『死ぬのはてめぇだ、くそ猫!』


『どうどうどう!』


白熱する犬と猫の口論……

「これ以上、不毛な会話が続くのは勘弁!」とばかりに、

再びディーノが仲裁に入った。


『おいおい、ふたりとも適材適所の本当の意味を分かっていないな』


ディーノの物言いが、気にさわったらしくふたりは激しく反応する。


『はあ? 俺が適材適所を分かってないだと!』

『なら! ディーノには分かるのかよ? 適材適所がよぉ!』


対して、ディーノははっきりと言い放つ。


『ああ! 俺には分かる! それに、このままでは堂々巡どうどうめぐりだ』


『ふむ、ならばしっかり説明してみろ、ディーノ』

『そうだ、そうだ』


『おう! まずは言っておく。適材適所の言葉通り、お前達の配置は俺が決める。それで文句はなかろう、どうだ?』


『良いだろう、ディーノが決めてくれ』

『了解だ、お前に任せるぜ、ディーノ』 


『よし! 適材適所とはな、元々建築から来た言葉なのは知ってるか?』


『常識だ』

『ふん! 珍しくディーノが物知り顔だ。どうせ一夜漬けだろ?』


『ええっと……俺が目指すのは個々の強さを集団としての強さに反映し、より完璧な勝利を目指せる最強クランだ。適材適所の語源となった建築物に例えれば、どんな嵐が来ても壊れない、様々な種類の木々が組み合わさった頑丈な家だ』


『ふむ、様々な種類の木々が組み合わさった頑丈な家か……道理だ』

『完璧な勝利を目指す最強クランというのが気に入った。俺様にぴったりな良い響きだぜ』


『クランメンバーがお互い仲が良いに越したことはない。だがそれだけじゃ、ただの仲良しグループにすぎない』


『うむ! 仲良しグループはいかんな』

『そうだ! 馴れ合いは真っ平ごめんだぜ』


いつの間にか……

ケルベロスとジャンの言う意見が対立しないようになって来ている。


『おいおい、ふたりともだんだん意見が合って来たじゃないか?』


と、ディーノが聞けば……


『ま、まあな』

『ごくまれにはな』


『あはは、分かってくれたみたいだな。依頼完遂の為にはプロとしてお互いの持ち味を生かし合い、完璧な勝利を目指す、それが俺の理想たるクランなんだ』


『ふ~む、俺は「プロ」という言葉に強く感じるものがある』

『俺様もだ!』


『ケルベロスもジャンも、俺の考えをどうか理解して欲しい。ふたりとも俺と共に歩いてくれないか……宜しく頼む!』


ディーノが深く頭を下げたのを見て、ケルベロスが苦笑する。


『猫……いや、ジャン。本音を言えば、俺はディーノが可愛い。何とか盛り立ててやりたいと思ってる。弟オルトロスも同じ考えだろう』


『犬! 否、ケルベロス! 俺様だってディーノには命を助けて貰った大きな恩義がある。ぜひ報いたい! そう思ってる』


『よし、ではディーノとクランの意義に関してだけ意見は一致した。但し、どちらが優れておるのか、競うのはやめないぞ』


『おう! 望むところだ。俺様が有言実行の男だと絶対に証明してみせるぜ』


こうして……

和解……否、一旦休戦したケルベロスとジャンは、

戦友たるディーノに尽くす事を、改めて強く決意したのである。

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